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113.
. 「兄ちゃん! ビールのおかわり三つな!」
「はい!」
「兄ちゃん、こっちの注文を頼むよ!」
「後で伺います!」
あちこちの酒の席から盛り上がっている話し声の中から、注文のために呼ぶ声が混ざる。
それを必死になって聞き取っていた。
ようやく仕事にありつけたところは居酒屋だった。
友人が紹介してくれるまでそのような場所に行ったことがなく、想像できなかったが、まさかこんなにも忙しいとは。
人と関わるのが好きなあの友人らしいとも、この忙しさのおかげで愛賀に対する罪悪感が紛れるからいい。
聞き取った注文を厨房担当に伝えようと足早に向かう。
「てめぇみたいなヤツがこんな仕事をしてんじゃねぇ!」
喧騒を一瞬にして静まる怒声。
それに混じるように叩きつけられ割れるビールグラスと女性の小さな悲鳴が聞こえた。
急いで振り返った先に小太りの五十代ぐらいの男が、店員である俊我と同年代の女性のことを睨みつけていた。
「⋯⋯何あれ」
「⋯⋯酔っ払ったおっさんの絡みか?」
周りの客がヒソヒソと話している内容で、確かに一理あると思った。
だが、肩まで伸ばした髪から覗く、見覚えのある首輪にもしかしたらとも思った。
「てめぇみたいな薄汚ぇヤツから、ビールを受け取らなきゃなんねーんだよ! ここはいつ底辺な風俗になりやがったんだ!」
「⋯⋯ただの居酒屋ですが」
「口答えしてんな! このクソオメガが!」
オメガ。
やはりそうだ。
同時に、殺意にも似た怒りが一気に湧き上がる。
聞き捨てならない罵倒を荒らげ、投げつけようとする太い手首を掴んだ。
「な⋯⋯んだ」
急な第三者が現れたことにより、脳の処理が追いついてないようだ。間抜けな面を見せてくるのを、目つきを鋭くさせ、見返した。
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