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112.
あれから、いまいち名前が決まらないまま仮の名前で呼びかける愛賀の姿を見るのが日常になってきた頃。
いよいよ出産予定日が近づいてきた。
それが近づいてきたということは、愛賀から幸せを奪うということ。
今か今かと待ちわび、しかし、どこか不安げでいる愛賀のそばでこれまでにない罪悪感を抱えている自分がいる。
それは予定になかった死刑宣告を急にされ、執行されるほどの重たい罪だ。
いや、たとえ死んだとしてもその罪は消えることない。
その身勝手だと言える苦しみから少しでも離れたくて、また愛賀と一緒にいる時間を減らした。
「今日も仕事が遅くなるの?」
「あぁ、だが何かあったらすぐに連絡しろよ」
「⋯⋯分かった」
ふと、目を伏せた。
本当は一人で不安だからいて欲しいのだろう。けれども、つわりが酷かった頃にそのようなワガママを言ってしまったから、また言うのを躊躇っているような、そんな風に見えた。
愛賀のそのようなワガママなんてワガママのうちには入らない。だから、その程度のことを叶えてあげたかった。
けどもう、嫌われることをしなければ。
「じゃあ、仕事に行ってくる」
「行ってらっしゃい」
キスをしてくることもなく、抱きしめてくることもなく、ただ寂しげに手を振って見送るのを尻目に玄関を出て行った。
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