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第12話

退勤時間、樵は珍しく残業をしているようだった。 誰もいなくなった部署で樵はただひたすらに黙々とキーボードを叩いていた。 朝も昼も食事を抜いてしまった樵は空腹で気が散っていた。 空腹だけではないのかもしれない、昼に凛太郎にあんなことを言ってしまったと内心とてもショックを受けていた。 しかし、これで共に出勤したり、昼食を取らなくてすむ…凛太郎が解放されるんだ、と考えると樵の目に涙が滲む。 少し休憩をしようと立ち上がって伸びをすると出入り口から誰かが入ってきた。 「おつかれさまで、す…。泉…、どうしたんだ?」 「今葛城さん一人ですか?」 「あぁ、みんな帰ったよ。泉も早く帰れよ。」 「俺も、なにか手伝いますよ。」 「後輩に手伝わせるわけにはいかないだろ?」 終始、目を合わせようとしない樵に凛太郎は詰め寄る。 「葛城さん…。」 「なんだ?早く帰った方が…」 「葛城さん。」 「あ、ちょっお前閉じると見えな…」 「葛城さんっ!」 「…。」 樵の顔を両手で包み込み無理矢理目を合わせる。 何時もより真剣な顔で凛太郎は樵を見つめると樵はあまりの恥ずかしさに瞳だけを反らすが凛太郎はじっと見つめたままだった。 顔がカァッと熱くなり、心臓の音が煩く耳に入ってくる。 何秒、何分そうしているのか分からなくなってきた頃ようやく口を開いたのは凛太郎だった。 「葛城さん、俺…何かしましたか?」 「なにも…してない…から。」 「なら、どうして…」 「なにも…なにもしてこないからだよ!あの時、あの飲み会の日…泉としたこと忘れられなくてっ…でも、その後なにもしてこないのに映画とか誘ったり…してくるし…でも、許嫁がいるならっ、女の子が好きなら…、ちゃんと割りきらなきゃって思ってっ…こうやってっ…!」 話しているうちに次々と樵の目から涙がこぼれ落ちる。 凛太郎はその間もじっと聞いていたが少し申し訳なさそうにため息を吐く。 それに対し、樵はムッとしたように問う。 「なんだよ、気持ち悪いとか思ったのかよっ…?」 「違います…葛城さん、俺は…俺には、許嫁はいません。」 「え…?で、でもお見合いの話は…。」 「確かにお見合いの話しはありましたが、断りましたし…それに。」 「うわっ…んんっ!」 樵の腰に手をまわし、キスをする。 そのキスは優しくも強引であった。 「それに、あの日は酔った葛城さんを見て、その…ついしてしまったんですが…本当は段階を踏んで、正式に告白しようと思ったんです。葛城さんを、大切にしたかったから…。」 「…っ!」 いつも何を考えているか分からないような涼しい表情をしているのに対し、今は少しだけ頬を赤らめ熱いツツジ色の瞳で樵をじっと見つめる。 凛太郎のその目に樵は犯されているような気分になり、どんどんと身体が熱くなる。 樵のその表情を、凛太郎は見ないように抱き寄せる。 急に抱き寄せられ、樵は焦って離れようとするが力及ばずそのままじっとしていることしか出来ない。 「そんな顔しないでください…。もう、何度あなたを抱かないように自制してきたか…。」 そう言う凛太郎の荒い息が、樵の項を撫でる。 樵は恥ずかしがりながら、小さい声で凛太郎の耳元で囁いた。 「そんな…、そんな自制いらないから…だい…。」 言いかけたところで樵の腹が大きく鳴り出す。 腹の虫に拍子抜けした二人はクスクスと笑いだした。 「そう言えば、朝からごはん食べてなかった。」 「あの時、やっぱり食べてなかったんですね、俺の家に…来ませんか?ご馳走します。」

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