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ほろ苦い口付け

イグサの薫る静かな和室、茶釜の中から湯気があがっている。 茶碗の中へ抹茶と湯を入れ、茶筅(ちゃせん)で茶を立てる音が心地よく耳へ入る。 出来上がり泡立った茶を目の前の人物に差し出す。 眼鏡のフレームの中から見える彼はとても美しい。焦げ茶色の頭髪、男性らしいガッシリとした体格とは裏腹に、眠そうに垂れた左の目尻には黒子が一つ、その一つだけの黒子が彼の色気が際立たせ、僕の目線を掴んで離さない。 僕の立てた抹茶が口の中へ吸い込まれ、襟元の隙間から覗く喉仏が嚥下をしたことを僕に伝える。 茶道部は殆どが幽霊部員。こうして律儀に茶を立て、飲む部員は僕と彼「田中」君の二人だけだった。顧問は寂しいと言うが、僕にとってこの空間はとても有意義なものだった。 茶菓子と僕の立てた茶を嗜んだ田中君は、柔らかく笑いながら僕に話しかけた。 「やっぱり佐藤の立てた茶はうまいな。」 「いつもそんなことを言ってくれるね。此処の学生で君だけだよ、ちゃんと立てた茶をうまいと言うのは…。」 「それは嬉しいことを聞いたな。」 「…?それは、どうして?」 「だって、佐藤の茶を立てる時の仕草と表情も、茶のうまさも、この空間だって知っているのは俺だけってことだろ?なんか、俺だけのものって感じがして嬉しい。」 まるで子供のように、悪戯に笑う田中君を知るのも僕だけなのだろうか。 そんなことを考える僕の顔は少しだけ熱を持っていた。 その事に気付いた田中君が僕の頬に触れ、そっと眼鏡を外した。 「そんなに顔が真っ赤になった佐藤を知ってるのも、俺だけだね。」 「な、にを…。」 「ずっと気付いてないって思ってた?」 窓際から障子越しに差し込む柔らかい日差しが僕らを照らしていた。 その空間も二人だけの秘密になるだろう。

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