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「芦屋ぁ!最後に俺とチューしよう」
打ち上げの席で北口が声を張り上げた。サークルメンバーがやんやと囃し立てる。
「嫌ですよ。酔っ払ってるなら帰りますからね」
「なんで。同じ金管パートの仲じゃねえか」
「だからといってキスはちょっと」
「俺上手いぞ?」
「自分で言いますか」
ケチくせえなあ、と北口は俺のとなりに座った。居酒屋の端の席、少し喧騒が遠ざかる。
「お前もう飲まねえの?」
「下戸なんで」
生まれてこのかたアルコールは一滴も飲んだことがない。
「じゃあそれなに飲んでんの」
「カルピスです」
「ちょっとちょうだい」
いいですけど、と差し出す前に唇が触れていた。一瞬のうちに口内を蹂躙される。
「カルピス味」
唇を離すと北口はにやりと笑った。
会費集めるぞ、という部長の声が遠くで聞こえる。何事もなかったかのように北口は立ち上がった。俺も払わなければ、と思うが体に力が入らない。
「座っとけよ」
「でも」
「ここは俺が出すよ。お前には体で払ってもらったし」
そう嘯く北口を引っぱたく。
「慰謝料もらいますよ」
「怒んなよ」
楽しそうに笑う北口が腹立たしい。くそ、と思いながら何とか身を起こす。
北口と電車に揺られて帰るのは初めてだった。横並びになって吊革を掴む。変に意識してしまって北口の顔が見れない。
「さっきの気にしてんの?」
思いきり目が合ってしまった。首を振るが動揺が顔に出てしまっているに違いない。
「悪いな、猫にでも噛まれたと思ってくれ」
「そんな可愛いもんじゃないでしょ」
それもそうだ、と北口は笑った。その横顔につい見惚れてしまう。整った眉毛、目の下のほくろ、そして厚い唇。
「お前どこで降りるんだっけ」
突然話しかけられ慌てて答える。
「次の次です」
「じゃあここで解散だな」
北口が降りる駅に着いたらしい。名残惜しくないといえば嘘になった。今日を逃せばしばらく会えないだろう。
「……芦屋?」
思わず相手の服をつかんでいた。怪訝そうな北口の背後でドアが閉まる。
「あ」
電車が動き出す。すみません、と服の裾を離すと、北口はこちらを見下ろした。
「とりあえずお前んち行くか」
「えっ」
「なんでそんな驚くんだよ。お前が引き留めたんだろ?」
そうですけど、と呟いたところで駅に着いた。
「うち狭いですよ」
「いいよ別に。寝る場所さえあれば」
泊まるつもりなのか。上手く気持ちが整理できないまま俺は改札を出た。
駅前のコンビニで北口は缶ビールを大量に買い求めた。まだ飲むのか、と呆れて見つめる。
「これからが本番だよ」
空恐ろしいような気持ちであとをついていく。本当に家に上がらせて大丈夫だろうか。
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