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 ロサンゼルス市の警察局にある指令センタ―へその電話がかかってきたのは、職員たちが出勤してくる朝の時間帯だった。  夜勤明けのバリー・ロッサムが壁時計の針を確認して、パイプ椅子の上で安心したように手足を伸ばした時、突然電話のベルが鳴った。今の時勢、大統領候補がインターネット上で出馬宣言をするほどに、通信に関してはITの存在を無くしては語れないが、十九世紀の発明品もいまだに愛用されているのである。 「ハロー」  バリーはドアの方を見ながら――まだ交代が来ないことにイライラする気持ちを抑えつけ――愛想良く挨拶をした。コール番号九一一は、消防と警察と救急の通報番号で、この指令センターで受けている。通報内容でさらに振り分けられるのだが、受話器の向こうから聞こえてきたのは、元気な返事だった。 『ハロウ。僕はレイジー・バーンズワース』  遅いなネッドの奴、と舌打ちして、バリーは受話器を耳と肩の間に挟んだ。 「レイジー? どうしたんだ? ここはハイスクールじゃないぞ」  バリーは肩をすくめた。通常、通報してくる相手は非常に混乱している。それを丁寧かつ迅速に話を聞き出すのが指令センターの仕事なのだが、少年の声はいたって普通だった。イタズラ電話か、もしくは麻薬でもやってハイになっているのかもしれないと、経験から判断した。 『うん、大丈夫だよ。僕は間違えていないよ。警察に用があるから』   まるでバリーの胸内を見透かしたかのように、電話からクスクスと笑い声が聞こえてきた。 『あのね、報告したくて電話したんだ。ロス市内にあるビルのひとつに、爆弾を仕掛けたんだ』   まるで親に成績を告げるかのように言った。  バリーは沈黙した。 『あと二分で爆発するよ。今から行っても間に合わないけれど、伝えておくね。あと、これから次の爆弾も仕掛けるから』  それじゃあと、声が途切れそうになるのを、我に返ったバリーが慌てて止めた。 「ちょっと待て! おい……!」  しかし受話器から洩れてきたのは、無情な音だった。   バリーは受話器を耳から引き離し、しばらくその音を聞いた。イタズラ電話ならかかってこない日はないが、それにしても物騒だと思った。あの恐ろしくも辛いテロ以降、アメリカのセキュリティーは格段に厳しくなったが、それでも電話で堂々と実行宣言をされるとは夢にも思わなかった。  ただの子供のイタズラだろうか――逆探知もできなかったので、バリーが躊躇っていると、ドアが豪快に開いて、交代要員のネッド・ソリスが現れた。  ネッドはイヤホンを外すと、ヒップホップ調のノリで挨拶をしたが、すぐに同僚のおかしな様子に気がついて、手元の受話器に目をやった。  その数分後、バリーとネッドは上司の元に駆け込んだが、ほどなく自分たちが説明している話の真偽が、テレビニュースを通じて証明された。  そして、事件は連邦捜査局が担当することになった。  FBIロサンゼルス支局の一室に、四名の捜査官が集まっていた。  ホワイトボードを背にして説明しているのは、リーダーのパトリック・コールマンである。四十代半ばの知的な男性で、テロ対策実行班を率いている。今回は本部から三名の部下を連れてきた。 「この事件は、実に興味深い」  パトリックは一同を見回した。 「電話で爆弾予告があり、実際にビルが半壊したが、原因はガス爆発で死者はなし。怪我をしたのは、通行人だけだ。電話は少年の声で、レイジー・バーンズワースと名乗った。この少年は現在行方不明。電話をした少年と同一人物かは、目下調査中だ」   パトリックの前には、事務用のテーブルが並び、それぞれ捜査官たちが着席している。 「だが、ガス爆発は偶然に起きたわけではない。三日前にガス点検がされているが、その時は異常なしと報告されている。調査の結果、人為的なミスではなく、故意に爆発させた痕跡が見つかった。一体、それは誰の仕業なのか。また電話をしてきた十五歳の少年はそれを知っていたのか。知っていたならば、何故爆弾を仕掛けたと嘘をついたのか」  パトリックの冷静な眼差しが、ゆっくりと右から左へと流れた。俳優のポール・ニューマンを思わせるブルーアイズが、一番はじに座る男にとまる。 「格好つけたかったからじゃないのか? イタズラ真っ盛りの年頃だから」  トラヴィスは大袈裟に両手を広げると、大仰に肩をすくめて見せた。隣に座っているミリアムが軽く睨む。 「そうかもしれない」  トラヴィスの上司は顔色を変えずに頷いた。  ふん、と誰かが鼻で笑った。 「それではトラヴィス。この少年が、ガス爆発を引き起こした張本人だと?」 「イエス。成績はパーフェクトで、麻薬もアルコールもやらず、家の掃除も手伝う天使のような良い子だったそうだから」  トラヴィスは周りの白けた空気などお構いなしに喋った。 「もし家出をしたのなら、何か冒険をしないと」 「ありがとう」  パトリックは再び周囲の注意を自分へ向けさせた。 「その少年は、電話でまた爆弾を仕掛けると宣言した。我々の任務は、それを防ぐこと、そしてその少年を捕まえることだ」  それからパトリックは捜査官たちにそれぞれの指示を与えて、話を終わらせた。 「ああ、トラヴィス」  退室しようとした部下の一人を呼び止める。トラヴィスは怪訝そうに引き返す。 「君に苦情がきている」  パトリックは端正な顔立ちに苦笑を滲ませて言った。 「チンピラみたいな男を家に寄越さないで欲しいと、ミズバーンズワースからの苦情だ」  途端にトラヴィスは、忘れていた悪態をつき始めた。  パトリックはその肩をなだめるように軽く叩く。 「次からは、アイロンをかけた白いワイシャツに、ネクタイを締めて行きたまえよ」  くそったれと罵りながら退室したトラヴィスは、廊下で待っていたミリアムと、もう一人本部から一緒に来たジェレミー・S・アンダースミス特別捜査官に合流した。 「先程のコメントは傑作だった」  ジェレミーは冷ややかに言った。 「お前を笑わせてやろうと思ったんだ」  トラヴィスも冷たく言い返した。二人はヴァージニア州クアンティコにあるFBIアカデミーの同期で、初めて出会った瞬間から気があわなかったという仲である。しかも落第すれすれの成績で卒業したトラヴィスとは違い、トップの成績で捜査官になったジェレミーはエリート中のエリートで、それもまたそりの合わない要因だった。  ジェレミーは氷のような笑みを浮かべた。 「お前らしいプロファイリングだな」 「血も涙も脳みそもないくそったれじゃ、できない芸当さ」 「捜査に行くわよ」  ミリアムは険悪な空気など無視している。 「私はビルのオーナーに会ってくる」  ジェレミーは冷笑を貼りつけたまま、二人を残して先に行く。 「私たちも行くわよ」  視界から遠ざかってゆく捜査官を睨みつけていたトラヴィスの背中を押した。 「どこへ行くって?」 「アシュリーの家よ」 「誰だ、そいつは?」  ミリアムはできるだけ丁寧に言った。 「家に到着するまでに、報告書を読みなさい」  アシュリー・グラハムの家は、中流家庭が住まう治安が比較的安全なロサンゼルス郊外にあった。ミリアムが運転して、助手席で事前に目を通しておかなければならない報告書をトラヴィスが読み終えると、黒塗りのセダンの車は森林に囲まれた閑静な二階建ての家の手前で停止した。

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