10 / 14

9

「で、ミカールはここで何をしていたの?」  一階にあるソファーに座らされた少年は、目の前で自分を見下ろす二人の捜査官たちを、ちらりちらりと上目遣いに見た。 「人助けだよ」  最初に銃弾を発射された時の恐怖は落ち着いたようで、口調はしっかりしていた。 「レイジーとアシュリーを助けにきたんだ」 「お前が?」 「そうだよ」  質問にも、きちんと返事をする。  トラヴィスは改めてミカールを観察した。十代の少年だ。身長は高く、何かスポーツをやっているのか、体つきも頑丈そうである。Tシャツにジーンズにスニーカーという、どこにでもいるありふれた少年の格好だ。問答無用で引き金を引いたが、当たらなくて良かったと肩をすくめた。ミカールは反射神経がいいのだろう。撃たれていたら、こうして話を聞く機会も無かったのだから。 「レイジーとアシュリーは、俺のせいで捕まったんだ」  ミリアムとトラヴィスは無言で視線を交わした。先程のジェレミーの発言が甦った。  ミカールは中東系の顔立ちをしていた。 「俺はアメリカ人だぜ? ここで生まれたんだから。両親はエジプトから移民してきたけど」  捜査官たちの沈黙を、ミカールは過去の経験からか馴れたように喋った。 「あなたの話をもっと聞きたいわ」  二人はテーブルを挟んで座る。 「その前にさ、あんたたち、FBIなんだろう?」 「コメディアンにでも見えるのか?」  トラヴィスはジョーク交じりに恐い声を出す。少々イラついていた。ミカールもおそらく、レイジーたちと同世代なのだろう。  また、ガキだ。  それが気に障っていた。 「もちろん、FBIよ」  ミリアムは身分証明のバッジを見せた。トラヴィスも乱暴に出す。  ミカールはそれを目で読んだ。 「良かった。本物なんだ」 「映画のロケから、はぐれたわけじゃない」  少年は安心したように笑った。 「あなたは、レイジーとアシュリーのお友達なの?」  ミリアムは優しい口調で質問をつづける。  ミカールはちらっとミリアムに視線を投げた。少しだけ頬が赤くなって、気恥ずかしそうに横を向いた。 「……俺は、レイジーの知り合いなんだよ」 「どこで知り合ったの?」 「フェイスブックさ」  二十一世紀のコミュニケーションは、液晶画面から始まる。 「俺もレイジーも、オンラインゲームにハマっていてさ。それをフェイスブックに紹介して交流が始まったんだ。俺もレイジーもまだスマホを持っていないから、パソコンでのやり取りでさ。レイジーはとにかくゲームが好きだった。オンラインだけじゃなくて、プレステとか」  トラヴィスは腕組をしながら、レイジーの部屋を思い返した。レイジーの部屋にゲーム機はなかった。 「で、どうやってネット上のレイジーから、現実世界のレイジーと会ったんだ?」  ミカールは少々ムッとしたように言い返した 「そんなの簡単だよ。フェイスブックでやり取りしていて、二人で会おうって話になったんだ」 「どっちがそれを言い出したんだ?」 「レイジーさ」  それのどこが悪いんだと言いたげに、唇をひん曲げる。 「いつだ?」 「一年前だよ。あのさ、ここでゆっくり話している暇なんてないんだけど」 「アシュリーは保護したわ」  ミリアムは優しく伝えた。  ミカールは中東特有の様々な血が交じり合った彫りの深い顔全体に、喜びをいっぱいにした。トラヴィスがいなければ、その勢いでミリアムに抱きついていたかもしれない。 「良かった! すごく心配したんだ!」 「で、お前はここで何をしていたんだ?」  最初の質問に戻る。 「俺を背後から襲おうとするなんて、誰の人助けなんだ?」 「違うよ! 声をかけようと思ったら、おっさんがバンって撃ってきたんだ」  トラヴィスの頬が引き攣った。 「もう一度バンって撃たれたくなかったら、そのおっさんの質問に答えろ」 「だから、レイジーとアシュリーの……」 「どうして、ここに捕まっているってわかったんだ?」 「……二人を連れ去ったのが、俺の知っている人だから」 「つまり?」  畳みかけるような問いかけに、ミカールの顔から喜びが消え失せ、代わりに心配そうな翳が色濃く浮かんだ。 「つまり……その……」  上目遣いにミリアムへちらっちらっと目をやる。優秀で大人な捜査官は、安心させるようににっこりと笑ってあげた。 「その……」  言いにくいというのは、身近な人間なのかもしれない。トラヴィスはそう判断した。今までのミカールの態度を眺めていて、度胸がありそうだとは感じたが、それでも躊躇うというのは、かなり近く、もしかしたら身内かもしれないと考えた。 「つまりさ……」  トラヴィスの予感は当たった。  ミカールは口ごもった末に、俺の兄貴なんだと呟いた。

ともだちにシェアしよう!