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 銃弾は、運転席側の窓の縁をかすった。続けて、連射される。  一発がセダンの装甲をかすった。トラヴィスはハンドルを左右に回しながら、黒い車に横から体当たりする。車同士のぶつかる衝撃は激しく、後ろでミカールが悲鳴をあげた。 「掴まっていろ!」  トラヴィスはもう一度車をぶつけた。その衝撃で黒い車は横滑りになる。 「もっとスピードを上げて!」  ミリアムは全開にした窓から、身を乗り出した。振り落とされないように車の縁に掴まり、揺れる片手でトリガーを引く。強い衝撃音が、相手の車のボンネットに撃ち込まれる。  黒い車もスピードをあげた。下り坂の道を、スピードレーサーのように走ってゆく。 「追うぞ!」  黒い車は切り裂くようなブレーキ音をさせて、カーブを危険に曲がる。  ミリアムは銃を二発撃った。一発目は外れたが、二発目は相手のトランクに命中したようだった。 「伏せろ!」  トラヴィスはハンドルを急激に回した。前方から発射された銃弾が、運転席側のフロントガラスに突き刺さり、砕けた破片がトラヴィス目掛けて飛んだ。  トラヴィスはとっさに利き腕で払い避け、急ブレーキをかけた。セダンは騒々しい音を立てて中央線をはみ出し、横向きに急停車する。トラヴィスは強い衝撃で前のめりになった。 「……大丈夫か、ミリアム!」 「……ええ」  投げ出されないように車体の縁に掴まっていたミリアムは、気をつけながらシートに身体を戻そうとする。トラヴィスも手伝った。 「あなたこそ、怪我をしているわ。頬から血が出ているわよ」 「これぐらい大丈夫だ」  頬を手の甲でぬぐった。赤い血がべっとりとつく。深い傷ではないが、じくじくと地味に痛んできた。 「くそったれ! それよりあいつら逃がしたぜ!」  正体不明の黒い車は、跡形もなく消えている。 「銃弾を回収して、鑑識に回しましょう」  ミリアムは厳しい表情で銃を仕舞うが、今気がついたというようにバックシートを振り返った。 「ミカール、大丈夫?」 「……とりあえず、生きていると思う……」  ミカール少年は座席にはおらず、その足元でぐったりとのびていた。 「くそっ!」  青年は乱暴に銃を下ろした。 「あの連中、死ねば良かったのに!」  急停車したセダンから猛スピードで離れていく車の助手席で、悔しそうに罵った。手にある銃からは、硝煙(しょうえん)が匂ってくる。  憤りは、隣で運転している男性にも向けられる。 「お前がもっとしっかり運転していれば、あいつらを殺すことができたんだ!」  男性はハンドルを握りながら、怯えたような表情を見せた。青年の喋る言葉は理解できないが、その雰囲気は普通ではないし、手には銃がある。何より今のカーチェイスは、心臓が飛び出るくらいに怖ろしかった。 「やめてよ!」  青年は煩そうにバックシートを振り返った。 「黙っていろ! だいたい、お前があの小僧をちゃんと見張っていないのが悪いんだぞ!」 「アシュリーを巻き込むのはやめてって、お願いしたじゃないか!」  バックシートにいる少年は、必死で食い下がる。ニューバランスのスニーカーは片方しか履いていない。 「ねえ、もうやめようよ! まだ誰も死んでいないんだ! 今なら間に合うよ!」 「うるさい! アメリカ人を殺すまで俺はやめないぞ!」  青年は憎悪を剥き出しにして叫ぶ。 「この連中がイスラムの同胞にしたことと同じことを俺がやってやる! 皆殺しにしてやる!」  まだ硝煙漂う銃口を眼前に掲げて、トリガーに回した指に力を込める。 「皆殺しにしてやる……」  運転する男性は、ちらっと背後に視線をおくった。その褐色の目は、自分は何に巻き込まれているのかと言いたげに不安そうである。  少年は哀しげに小さくかぶりを振った。捜査官たちにキュートと評された顔は、今から地獄へ堕ちろとでも言われたかのように青ざめきっていた。  FBIロス支局へ戻ったミリアムとトラヴィスは、ミカールを保護して、パトリックに報告した。車に当たった銃弾とスニーカーを鑑識班に回し、捜査の状況を確認する。 「空き家の爆破に使われたのは、手作りのプラスチック製爆弾だ」  パトリックは二人へ説明する。 「それと、目撃者がいて、あの空き家に出入りする中東系の若者がいた。その若者がハムザ・アル・アブドュルなのか確認している」 「ミカールにもう少し話を聞きたいんです。あとアシュリーにも」 「未成年は親の立会いが必要だ」  パトリックは難しい顔をしたが、無理だとは言わず、連絡をつけると言った。 「明日、本部からヒースがやってくる。我々の捜査に彼の語学力が必要になるかもしれない」  ヒース・ハリド捜査官はレバノン系アメリカ人で、アラビア語ができる。同じくパトリックの部下だ。  あとのことはミリアムに任せて、トラヴィスは通路に出た。頬や腕の傷は深くはないが、治療してもやはり痛む。  あのくそったれの連中め――トラヴィスは黒い車を思い出して、怒りで頭が沸騰しそうになった。見つけたら、ただじゃおかないぜと歯軋りする。   前方から靴音が聞こえてきた。顔をあげると、ジェレミーだった。  ジェレミーはトラヴィスの目の前で足をとめた。頬に張られたガーゼや、ワイシャツの袖口から覗かせる腕に巻かれた白い包帯に気がつくと、青い瞳をわずかに細めた。 「怪我をしたのか?」 「ハロウィーンの仮装にでも見えるのか?」  ジェレミーは目の前の男を冷たく見返した。トラヴィスは知らん顔をして首をすくめた。 「俺が骨折しようが、拷問されようが、お前の人生に何の支障もない」  自分でもひどい言葉がどこから出るのか不思議に思いながら、脇をすり抜けた。  ジェレミーは追ってこない。  ――そういう奴だ。トラヴィスは自分の乾いた靴音を聞きながら、建物の出口を目指した。どうしてジェレミーに抱かれているのか、自分でもいまだにわからない――  トラヴィスは心の中から金髪碧眼の影を追い払ったが、片隅に浮かんだ小さな気持ちを拭い去ることはできなかった。

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