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「前にジェレミーが喋ったことを覚えている?」  ミリアムは窓の外を眩しげに眺めた。今日もカリフォルニアの日差しは強く、道路沿いの高い椰子の木は気持ち良さげに日光を浴びている。 「レイジーの家をアラブ人が訪ねてきたって話か?」 「そのアラブ人って、ミカールのお兄さんのことかしら? それとも、今朝出頭してきた容疑者のことかしら?」  トラヴィスはハンドルを切りながら、集中的に考えた。 「そいつは、どうやって現れたんだ?」 「それが、正面玄関から入ってきたんですって。ジェスチャーを交えながら、片言の英語で喋ったらしいのよ。そこにちょうどヒースが到着して、アラビア語で問いかけると、同じアラビア語で自分はビルのガス爆発や、空き家の爆破事件を知っていると喋ったらしいわ。彼は保護を求めているの。それで、取調べ中よ」 「……保護か」 「弁護士も要求しているわ」 「犯罪者のマニュアル通りだな」  トラヴィスは皮肉った。  車は以前来た道を辿る。ジョギングや犬の散歩をしている平和な通りを過ぎて、青々と生い茂った緑の木々に囲まれた家の手前で停車した。二人は手早く降りる。トラヴィスはバックシートからパソコンバックを取り出した。  二人が向かおうとした矢先、それを察知したかのようにグラハム家の玄関のドアが勢いよく開いて、アシュリーが飛び出してきた。 「アシュリー!!」  少年は二人へまっしぐらに走ってくる。その後を、母親が追いかけてきた。 「あの……車の音が聞こえたから……」  アシュリーは息を荒げている。少し走っただけなのに、気が動転しているようだった。 「落ち着いて。どうしたの?」 「……さっき、うちに電話がきて」  レイジーから、と続ける。 「あの連中に殺されちゃうって……」 「レイジーから電話がかかってきたのか!」 「……うん」  リサがアシュリーの肩を後ろから抱きしめた。 「あなたも聞いたのですか?」 「いいえ! 知らないわ!」  リサはヒステリックに叫ぶ。 「アシュリー! 家に戻るわよ!」 「ママ! レイジーが死んじゃう!」 「この人たちが助けてくれるわ!」  トラヴィスは違和感を覚えた。息子が巻き込まれたと心配するのならわかるが、どうしてこれほど気が立っているのか不審だった。 「ミズ・グラハム、ちょっとこちらに来て下さい」  トラヴィスはパソコンバックをその場に置くと、ミリアムに目配せして、強引にリサをアシュリーから引き離し、自宅の庭の隅に連れて行った。 「落ち着いて下さい。何があったんですか?」 「何もないわ! 離してちょうだい!」  リサは噛みつくような勢いで、トラヴィスの腕を突き放した。 「レイジーが何をしたんですか?」  トラヴィスは落ち着かせるようにやんわりと訊いた。アシュリーの母親は最初に出会ったときから、息子の友人のことになると、嫌悪感を剥き出しにしていた。異常ともいえるほどに。 「あなたは何を見たのですか?」  リサの態度がうろたえた。どうやら的確な点をついたらしい。トラヴィスは刺激を与えないように、慎重に冷静にもう一度尋ねた。 「アシュリーのために、どうか教えてください。何を見たのですか?」 「――あの子が」  やや待って、リサは口を開いた。トラヴィスの背後に見えるアシュリーを気にしている。アシュリーはミリアムに肩に手をおかれてなだめられている。こちらを心配そうに見つめながら。 「あの子が大嫌いなの。アシュリーが家に連れてきた時から、嫌いになったわ。なんて傲慢な子だろうって思ったの」  トラヴィスは余計な口を挟まず、リサに喋らせた。 「なんて言ったら、わかってもらえるのかしら……言葉遣いは礼儀正しいのだけれど、わかるのよ。周囲を馬鹿にしている感じが。素直なアシュリーと正反対な子だったから、どうして仲が良くなったのか、不思議だったわ。私はアシュリーにつき合って欲しくないと思っているし、はっきりと注意したわ。でも、アシュリーは哀しそうな顔をするだけだった……」  リサは息子に反抗されてショックなのかもしれない。トラヴィスはそう感じた。 「あの子の家は年老いたバーンズワース夫妻で、ご主人は退役軍人だったって聞いたわ。厳格な人で、あの子にすごく期待していらしたって聞いて、あの子は祖父母も騙していたんだわって思った。良い子の顔をしてね」 『あの子は良い子なんですからね』  アンジェラの言葉が甦った。 「でも、良い子があんなことするもんですか!」  またリサの声が|峻烈《しゅんれつ》になった。 「何を見たのですか?」  トラヴィスは静かに先を促す。 「……一ヶ月ほど前だと思うけれど、深夜に車を運転していたら、あの子の家の近くを通りかかったの。あの辺に大きな木が植えられているんだけど、あの子がいて、木に寄りかかって立っていたわ。目の前には男性がいて……最初は普通に会話をしているように見えたの」  トラヴィスは無言だ。 「……私は気になって、遠くからしばらく見ていたわ。そうしたら、二人は木から離れて、自分の家の庭に入っていったの。私はとにかくアシュリーが心配だったから、車を置いて、あとを追いかけたわ。本当はいけないことだとわかっているけれど、あの子が何をしているのか確かめてやろうと思ったのよ……あの子の庭に忍び込んで、茂みから覗いたわ……何をしていたと思う?」  トラヴィスは口を閉じたまま、首を横に振った。 「芝の上で、二人は抱き合ってキスをしていたのよ……」  リサは唾を吐き捨てるように言った。 「信じられない光景だったわ……しかもあの子……私が覗いているのをわかっているみたいだった。視線を感じたのよ……覗き見ている私を小馬鹿にするような感じ……私のアシュリーが、もしあの子とそんなことになっていたらと思うと、気が変になりそうよ!」 「――落ち着いて下さい、リサ」   トラヴィスは低く唸った。 「相手の男性の顔は見ましたか?」 「そんなの知らないわ!」  ――もしその相手がハムザ・アル・アブドュルだったら?  トラヴィスはリサを落ち着かせてから、ミリアムの元に戻った。アシュリーはひどく思いつめた顔をしている。 「大丈夫だ、アシュリー。必ずレイジーを助ける」  安心させるように肩を叩くと、パソコンバックを手渡した。 「レイジーのパソコンだ。預かっといてくれ」 「……はい」  アシュリーの手は震えていたが、両腕でしっかりと抱きかかえた。  トラヴィスはミリアムを促して車に乗り込むと、急発進させた。クラウンヴィクトリアは唸るような音をあげる。  トラヴィスはアクセルを踏みながら、バックミラーを見た。その場を動かずにいるアシュリーの姿が小さくなっていき、やがて消えた。 「……あの子は何も知らない」  トラヴィスは拳でハンドルを叩いた。 「全部茶番か!」 「何があったの?」 「レイジーとハムザは、相思相愛の仲だったんだ。茂みの中で、恋人のようにキスして抱きあうくらいにな!」 「その相手がハムザという証拠はまだないわ」  トラヴィスの話を聞いても、ミリアムは冷静だった。 「話を飛躍しすぎよ」  だが、トラヴィスは唇の端を皮肉げに曲げた。 「感動的なエンディングが俺たちを待っているんだぜ?」 「馬鹿言ってないで、早くレイジーの家に行きましょう」 「何があった?」  ミリアムは頬にかかっていた髪を耳にかけた。 「アシュリーにきた電話は、レイジーの家からよ」 「罠じゃないのか?」 「でも、行くのよ」  トラヴィスはスピードを速めた。カーレーサのようなハンドルさばきで、前方を走っている車を次々に追い越してゆく。しばらくすると、後方から白バイが追いかけてきた。 「ノートン警部、FBIのウィリアムズよ。捜査を妨害しないようにと、仕事熱心な警官へ伝えてくれないかしら」  ミリアムは無線で連絡すると、数分後、白バイはストリートを右に曲がって消えた。

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