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「どうして?」
「だって、そうとしか思えないじゃないか」
一晩考えたらしい顔つきになる。
「他に誰がいるんだよ……辛いけど」
「誰もいないと思うわけ?」
「……うん」
頷きはしたが、自信なさそうだ。
「アシュリーの話では、誘拐犯は二人組みだったそうよ。もう一人に心当たりはないかしら?」
「……ないよ」
ちょっと考えてから、ミカールは答えた。
今度はトラヴィスが質問する。
「お前は兄貴の運転する車のトランクに忍び込んだそうだが、隠れ家に着いてから、どうしていたんだ?」
「見つからないように、その辺の林に隠れていたんだ。時々、銃を持った兄貴が外を見張っていたから、もう怖くて近づけなくて……ずっと息をひそめていたら、車が走っていく音が聞こえて、思い切って家に侵入したんだ。そうしたら、レイジーもアシュリーもいなくて。一生懸命捜していたら、おっさんに撃たれそうになったんだ」
「撃たれなくて良かったな」
トラヴィスも美味しそうにピザを平らげると、汚れた手を厚手のペーパータオルで拭いた。
「食うか?」
「うん」
ミカールはもう一切れ受け取る。
「アシュリーはミカールのことを知っているの?」
「レイジーが喋っていないなら、知らないと思うけど。あの夜に初めて会う予定だったから」
「でも、お前はアシュリーを知っている」
「そうだよ、レイジーから聞いていたんだ。大切な友達なんだって。だったら、俺にとっても大切な友人だよ」
「そうね」
ミリアムは綺麗に食べて、手持ちのナプキンで口元を丁寧にぬぐう。
「あんたたち、何が聞きたいんだ?」
ミカールは不審げに黒い眉毛を眉間によせて、口に含んだピザを呑み込んだ。
「はっきり言ってくれよ。そりゃ、まだガキだけど」
「違うわ。ミカールを子供扱いしているわけではないの」
落ち着かせるように、ゆっくりと話を続ける。
「アシュリーの話ではね、二人を誘拐した連中がいない時を狙って、レイジーと逃げ出してきたんですって。その途中で、二手に別れたそうなのよ。アシュリーは嫌がったけれど、レイジーが提案したんですって。追っ手に捕まらないためにってね。でも、ここに着いたのはアシュリーだけだった」
「俺たちが考えたのは、レイジーはアシュリーと別れてから、また隠れ家に戻ったんじゃないかってことだ。アシュリーを無事に逃がすためにな」
「……そんな」
ミカールは食べかけのピザをあやうく落とすところだった。慌てて両手で持ち直し、呆然と二人の捜査官を見る。
「ミカール、お前は一部始終を見ていたはずなんだ。もっと具体的に話してくれないか」
ミカールは手元のピザに視線を落として、食い入るように凝視した。自分の眼の中にある光景をつぶさに思い出そうと、瞼を閉じたり開いたりする。だが、溜息だけが答えになった。
「……わからない。俺、どうなっているのか、本当にわからないよ……」
「あなたを責めているわけではないのよ。落ち着いて、ミカール」
ミリアムは慎重に誘導してゆく。
「三人で落ち合おうとした場所で、アシュリーとレイジーが車で連れ去られるところを目撃したと言っていたけれど、どうやってその車のトランクに忍び込めたのかしら?」
「……無理だと思ったけど、その辺にあったバイクで後を追っかけたんだ。俺、バイクの運転はできるし……」
ミカールは二人の捜査官の渋い顔を盗み見ながら、仕方なさそうに告白する。
「悪いことだとは思っているさ。でも仕方ないだろ! 友達が連れ去られたんだぞ! しかも俺の兄貴が関わっているかもしれないんだぞ! どうすりゃ良かったんだよ!」
「警察に通報するべきだった」
トラヴィスはふくれっ面をした少年に笑った。
「だが、俺がお前だったら同じことをした」
「そのままバイクで追いかけたの?」
ミリアムが話を戻した。
「……そうだけど、途中どこかのドライブスルーで止まってさ。一人、車から降りたんだ。たぶん、兄貴だと思う。だからこっそりと車に近づいていったんだ。そうしたら、トランクの鍵が壊れていてさ。俺、その時に忍び込んだんだ」
「どこかのドラマのような話だな」
トラヴィスはそれが何のドラマか思い出すように、腕を組んで首を傾げた。
「俺が嘘をついているって言いたいんだろ!」
ミカールはやけくそになっている。
「今考えると、俺もどこかのドラマに出演したような気分だよ! だけど、監督もカメラマンもいなかったぜ!」
「落ち着いて、ミカール」
ミリアムはとても優しい声を出した。隣に座るパートナーへは、ちょっと黙っていてという視線をおくる。
「ミカールがトランクに忍び込んだ後のことを話してくれる?」
「……俺はとにかく気づかれないように、息を潜めていた。その後、車はどこにも止まらずに走ったのはわかった。時間は……結構かかったと思う。俺も頭がパニックになっていたから、くわしく思い出せないんだ。でも、ようやく車が停止して、人が降りていった気配がしたから、俺もトランクから出たんだ……あとは、さっき話したとおりだよ」
「周囲の林の中に隠れていたのね?」
「うん」
ミカールはうなだれるように頭をかいた。
「俺……ずっと、機会をうかがっていたんだ。兄貴が何をするのか不安で仕方なかったし……」
髪の毛をかきむしる。
「俺、本当にアシュリーとレイジーが逃げ出したのは見てないんだよ……でも車のエンジンの音は聞いたんだ! それで、家に近づいたら、車が見当たらなかったから……」
「落ち着け、ミカール」
「もしかして、その車にレイジーが乗っていたのかな……馬鹿だな、俺。何で追いかけなかったんだろう」
ちくしょう、と自分を罵る。
「ねえ、レイジーは隠れ家に戻って、そこで兄貴に見つかって、また連れ去られたのかな? その時に、レイジーのスニーカーが捨てられたのかな? あんたたち、FBIなんだろ。教えてよ」
「まだ、詳しくはわからないわ。捜査中なの」
「あのな、坊主」
トラヴィスは二つ目のピザを食べきると、べとべとになった指をぺろりと舌で舐めた。
「俺たちはレイジーのパソコンを押収して調べた。それには消去されたメールがあって、お前の兄貴からのものだった。いつからメールする仲になったか知っているか?」
「……俺が兄貴に紹介した後からじゃないかな」
ミカールはショックを隠そうとした。
「そのメールを復元したんだが、自分が家出してお前と落ち合うことを伝えていた。だから、お前の兄貴は誘拐犯になれたんだ」
「……」
ミカールは、今度は押し黙った。
ミリアムとトラヴィスは目を交わした。潮時と判断し、静かに立ちあがる。
「いいか、一つ言えるのは、今回の事態はお前のせいじゃないってことだ。レイジーの自業自得だ。アシュリーも巻き込まれただけだ」
トラヴィスはペーパータオルで指をぬぐうと、それをゴミ箱に捨て、ミリアムと一緒に無言に包まれた部屋を後にした。
二人は対策本部室へと向かった。数名の部下とテーブルを囲んでいたノートン警部にミカールのことを頼んで、パーカーセンターを出た。
「ロス市内とその近郊で、検問とパトロールを強化しています。我々は、犯人はまだこの近辺に潜伏していると考えています。おそらく捕まっている少年も一緒でしょう」
ノートン警部は二人に追加報告した。どちらも異議を挟まなかった。
「レイジーの家へ行く前に、アシュリーにもう一度会いましょう」
クラウンヴィクトリアに乗り込んで、ミリアムは言った。
「あの坊主、本当に知らなかったようだな」
「そうね、荒唐無稽な話にも聞こえたけれど、嘘はついていないと感じたわ」
ミリアムは後部座席にあるパソコンバックを確認する。
「アシュリーに、あのレイジーのパソコンのことも聞いてみましょう」
「そうだな」
ついでに、あのふざけたメッセージについても確かめようと思った。
――こんにちは――
――お願いがあるんだけど、僕とアシュリーを探してね――
トラヴィスは胸糞が悪くなった。最初からレイジーには全く良い印象を抱いていない。理由ははっきりとしないが、どうにも何かが引っかかってしょうがなかった。
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