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 トラヴィスは怪我の手当てを終えて診療室を出ると、廊下で待っていたのはヒースだった。 「色男に変身したな」  トラヴィスは頭に巻かれた白い包帯を窮屈そうに撫でた。 「大丈夫だって言っているのに。まいったぜ」  救急車で運ばれたトラヴィスは、すぐに治療を受けた。ドクターヘンリー・ボーンはプロフェッショナルな仕事をした。患者の要望を無視し、全ての傷を診察して、残らず手当てしたのだ。 「俺の男前が台無しだ」  ヒースが可笑しそうに吹き出した。トラヴィスの目元と唇と頬は、ガーゼと絆創膏で覆われている。ほったらかしにしていた傷も、しっかりと治療され、頭だけではなく、腕にも包帯が巻かれている。全治二週間。血が流れていたわりには、それほどひどい怪我ではなかったようだ。 「ミリアムとジェレミーはどうした?」  二人は並んで歩き始める。 「ミリアムは現場に残って事後処理をしている。ジェレミーは容疑者がぶちこまれた病院に向かった」 「レイジーは?」 「ロス市警にいるよ。リックが事情を聞いていた。俺も一緒に聞いていたが、お前を思い出して迎えに来たわけだ」 「どういう話だった?」  ヒースはすれ違ったブルネットの看護婦に、笑顔で手を振った。 「彼女にお前の居場所を教えてもらったんだ」  トラヴィスが呆れても、ヒースはどこ吹く風だった。 「あの子は、ハムザに脅されていたそうだ。言うことを聞かないと、弟と友達を殺すぞってな」 「ミカールとアシュリーをか?」  トラヴィスは意外そうに聞き返す。  「ハムザの犯行に加担したんじゃないのか」 「あいにくだが、違うようだ。レイジーはハムザがそんな過激なことをするとは思っていなかったそうだ。ちょうど爺さんの知り合いというシャヒーンが訪ねて来て、ハムザに紹介した。それが今回の事件に繋がってしまったらしい。本人はとても後悔している」  トラヴィスはあの家での様子を頭のなかで再現した。銃を突きつけてアメリカを罵倒するハムザ。それを必死で止めようとする怯えたレイジー…… 「俺は納得できない」  自分でも驚くくらい激しい口調だった。 「レイジーの行動はどうも妙だ。だったら、あのパソコンのメッセージは何だ? どうしてハムザのメールを削除する必要があったんだ?」 「お前もだいぶ捜査官の口調になってきたな」  ヒースは変に感心する。 「頭を蹴られて正気になったんだ」  トラヴィスはジョークで言い返した。 「詳しく知りたいなら、お前が聞いてみろ。ただし相手の子は、誘拐された挙げ句に、我が家を爆破された可哀相な家なき子だってことを忘れるなよ」  ヒースは冗談交じりにも釘を刺した。  数十分後、ロス市警に到着し、取調室に直行すると、パトリックとレイジーがいた。大体の事情聴取は終わったようで、雑談をしている様子だった。 「怪我は大丈夫か?」  パトリックはパイプ椅子から腰をあげた。 「平気だ。何ともない」  ガーゼやら絆創膏やらを貼っている顔ではあまり説得力もなかったが、パトリックは頷いた。 「ご苦労だった、トラヴィス。死人が出なくて幸いだった」 「リック、俺もこの子と二人で話したいんだ」  トラヴィスはレイジーに目をやる。レイジーはトラヴィスの姿にショックを受けているようだった。青い瞳が心なしか沈んでいるように見える。  パトリックは思案するように腕を組んだ。 「……あの、僕は大丈夫です」  三人の捜査官は一斉にレイジーを見た。 「僕は、何でも答えます」  レイジーはトラヴィスに対して、きっぱりと言った。  パトリックはレイジーの様子を確かめてから、了承した。 「では、トラヴィス。あまり長くならないように。君もこの子も疲れている」  軽く注意をして、ヒースを促し、出て行く。  トラヴィスはパトリックが座っていたパイプ椅子の横に立ち、テーブル越しに手を差し出した。 「トラヴィス・ヴェレッタだ」 「……レイジーです。レイジー・バーンズワース」  レイジーもテーブルの下から腕を出して握手する。少年の手は小さかった。  トラヴィスはパイプ椅子に座る。今初めて、現実のレイジーと対面した。  最初に感じたのは、写真に写っていたレイジーと目の前にいる少年は、果たして同一人物なのだろうかということだった。顔と姿は瓜二つだが、写真に写っていた少年がどこか狡猾(こうかつ)な印象だとすると、目の前の少年から受けるのは、穏やかで知的なものだ。別人と思えるほどに正反対である。 「お前、双子か?」  思わずトラヴィスは訊いていた。 「いいえ、違います」  レイジーはくすっと笑った。その笑顔はとても柔らかかった。 「でも、よく言われます。写真に写る僕と実際の僕を見て、みんなびっくりするみたいです」 「俺も驚いている」  正直に言った。言葉遣いも、今時の子供にしては随分と品行方正だ。 「写真の僕は、たぶんそうなりたい僕が写っているんだと思います」 「悪い奴になりたいのか?」 「うん……ちょっとだけ」  レイジーは言葉を濁した。 「お前の婆さんは、良い子だ良い子だって喋っていたぞ」 「だって、悪い子だったらおばあちゃんが泣いちゃうでしょう?」 「だから家出したくなったのか?」  レイジーは心から自分の行動を悔やむように目を伏せた。 「……でも、ここまで悪いことをしたいなんて思わなかった……」   消え入りそうな声で呟く。  トラヴィスは自分の十代を思い出した。大人の言いつけに歯向かうのが、最高にクールだった。大人にやってはいけないと言われると、それをはりきってやった。親を困らせ、先生から説教されたが平気だった。十代とはそういうものだ。良い子であれば、尚更違う空気も吸ってみたくなるだろう。歳を積んだ今、自分の数々の愚行は、瓦礫(がれき)となって想い出の片隅にずっと捨てられたままでいる。  だが、さすがにガス爆発を起こしたり、爆弾を仕掛けて空き家を爆破させたり、あげくにはカーチェイスをして捜査官を襲撃したりはしなかった。 「お前はハムザに脅されていたのか?」  率直に訊いた。  レイジーは躊躇うように横を向いたが、首を縦に振った。 「最初に爆弾を仕掛けたって嘘の電話をしたのは、彼を満足させるため……彼は爆弾を仕掛けたがっていたけれど、ガス爆発の方がまだ被害が少なく済むと思って……だから彼には嘘をついて困らせればいいよって、僕が言ったんです。だから僕が九一一に電話をして……彼がそばで聞いていたから、わざと面白おかしく喋って……」  途中言葉を切りながらも、ありのまま語っている端々には、強い後悔が滲んでいた。 「空き家の爆破は、ハムザのリクエストか? 自分を満足させるために」  はい、とレイジーは小さい声で答えた。 「爆破の威力を知りたいと言っていたので、人が住んでいない空き家を勧めたんです。誰も死なせたくなかったから……」  レイジーはうなだれた。 「誰も傷つかないように……彼にも、やめてって何度も言って……」  疲れ切ったような声を出す。  トラヴィスは同情するようにレイジーを見守った。しかし聞かなければならなかった。 「ハムザとは、どうやって知り合ったんだ?」 「……紹介されたんです」 「誰にだ?」  レイジーは言いたくないというように顔を背ける。  トラヴィスは質問を変えた。

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