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「ミカールとはどうやって知り合った?」
「……フェイスブックです。僕はゲームが好きなんです」
「お前の部屋にゲーム機は見当たらなかったぞ?」
「アシュリーの家でやっていたんです。僕はスマホも持っていないし、おばあちゃんはゲームが好きじゃないから。だから、自分のパソコンもアシュリーの家に持ち込んでやっていたんです」
「ハムザのメールをどうして削除したんだ?」
レイジーはトラヴィスをじっと見た。何か言いたげで寂しそうな目をしている。誰かに似ていると感じた。誰だろう。そうだ、アシュリーだ。
「もしミカールが見たら、傷つくと思ったんです」
「内緒だったからか?」
「それもあります。けれど、そのメールの内容をミカールが見てしまったら、すごく落ち込んで、苦しむと思ったんです。ミカールはお兄さんを愛しているし、自分がアメリカ人であることをとても誇りに思っているから」
メールに記されたアメリカへの憎悪と怒り。
ロス市警で最後に見た少年の絶句した姿が、トラヴィスの脳裏をよぎった。
「ミカールは……無事ですか?」
レイジーはトラヴィスの口から聞きたいようだった。
「ああ、無事だ。両親が迎えに来て、一緒に帰ったはずだ」
「アシュリーも?」
トラヴィスは安心させるように大きく頷いた。
「二人ともお前の心配をしていた」
「……良かった……」
レイジーはようやく安堵したというように肩で息をついた。
「本当に良かった……」
唇を噛み締めて、喜ぶ。
トラヴィスはその姿に、本当は内気な少年なのかもしれないと、ふと思った。
「アシュリーとミカールを巻き込んでしまって、すごく後悔しているんです。僕一人で家を出ればよかった」
「ハムザにも教えなければよかったな」
さり気なく口にした。レイジーの反応が見たかったのだが、少年は素直に反応した。
「けれど、シャヒーンさんが気になって……」
トラヴィスは、自首してきたアラブ人は、司法取引で罪が軽減されると伝えた。レイジーはパトリックから聞いていたようで、安心した顔で頷いた。
「どうして、ハムザに会わせたんだ?」
レイジーはちょっとだけ下を向いた。
「彼にとって、いいことだと思ったんです」
「何がだ?」
トラヴィスは容赦なく突く。
レイジーは吸い寄せられるように顔をあげた。自嘲気味な色が浮かんでいる。しかし視線を逸らしたりはしなかった。
「実際に、あの辺りに住んでいるイスラム教の人に会えば、違った考えが生まれてくるかもしれないと思ったんです」
それを願うような口ぶりだった。
「でも……逆になってしまった……」
トラヴィスは今回の事件のあらましを大体理解した。アメリカのイスラム諸国へ対する行為から反米主義者になったハムザ。前々から計画を考えていたに違いない。そこへ中東から来たイスラム教徒が現れる。しかもイラク戦争をリアルタイムで目撃した人間。何を語ったかは想像だ。しかしその後に事件は起こり始めた。レイジーとアシュリーの誘拐から。
「ハムザは……」
言いかけて、言葉がとまった。ハムザはお前とどういう関係なんだ? と口から出かかったが、先刻のヒースの言葉がそれを押し止めた。誘拐され、脅され、家をなくした少年。まだ十五歳だ。しかもキスした相手によって、そんな目に合わされたのだ。
あの時、必死にハムザを止めようとしたレイジー。
トラヴィスは、深い繋がりがあったかもしれない犯罪者について、違う質問をした。
「……ハムザは、どうしてお前の家に行ったんだ?」
しばらく、レイジーは無言で俯いていた。
「……わかりません」
その答えしか見つけられなかったというように、ぽつりと呟いた。
「ごめんなさい……」
「いや、ありがとう」
トラヴィスは潮時と捉えて立ち上がった。まだ質問したいことは色々とあったが、パトリックが聞き出しているだろうと考えた。自分はもうここでやるべきことはないと感じた。
「あとで、弁護士が来る。それまでここで待っていろ」
背を向けたトラヴィスを、レイジーが呼び止めた。
「怪我、大丈夫ですか?」
トラヴィスは予想外なことを耳にしたというように、アーモンド色の瞳を丸くした。だがすぐに、ガーゼや絆創膏で覆われた顔で笑った。
「ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
トラヴィスも、ふいに思い出したことがあった。
「そういえば、あのパソコンのメッセージは何だ?」
「……メッセージ?……」
今度はレイジーが顔を赤くした。
「あれは……ほんのジョークです。家出した僕たちを捜すのは、FBIだと思ったから……だってドラマではそうでしょう?」
どのドラマだとトラヴィスは唸ったが、子供のイタズラなら自分も思い出がたくさんあるので、そのまま部屋を出た。
最後にレイジーを振り返ると、膝上に両手を置いて、ずっと俯いていた。それはひどく寂しげだった。
対策室に行くと、ヒースがモートン警部と肩を寄せて何やら喋っていた。FBI連邦捜査官とロサンゼルス市警の警部が仕事で話し合っているという雰囲気ではなく、ハンサムな色男が知的な女性を口説いているといったいいムードである。他に人はおらず、モートン警部の暗褐色の口紅が、楽しそうに笑っている。
ドアを半開きにして、今にも口笛を吹きそうなトラヴィスに気づいたヒースは、慌てもせず、モートン警部に手を振って離れた。
「カリフォルニアにまで来て口説くな」
「美人を口説くのは、男の役目なんだぞ」
二人は小声で言い合いながら、通路へ出る。
「それより、お前の方は無事に終わったか? 家なき子を苛めなかっただろうな」
「俺はお前よりいい子なんだ」
トラヴィスは揶揄するように言った。
「ちゃんと丁寧に訊いたさ。写真の印象とだいぶ違うから、驚いたぜ。こっちの質問にも、率直に答えてくれた」
「リックの質問にも、全部答えた。あとはハムザを尋問して、証言に嘘がないか確認だな」
パーカーセンターを出て、駐車場に停めてある車に向かう。
「あのアラブ人は大丈夫か? 裁判で証言してくれないと、俺たちが困る」
「ちゃんと、アラビア語を駆使して安心させてきたさ。本人はもう国に帰りたがっている。こんな悪魔の国にはいたくないんだとさ」
「言えているな」
二人の捜査官は同意するように首をすくめた。
ヒースは運転席に、トラヴィスは助手席に乗り込んで、ドアを閉める。
「それにしても、逮捕してみれば、単純な事件だったな。死人が出なかったから、そう思えるんだな。どうした?」
隣でトラヴィスは妙な顔をして首を傾げていた。喉に何かがずっと引っかかっているとでもいうような。
「いや……確かに、単純だった。テロとも言えないような事件だった」
「お前も、殴られたボクサーになったからな」
「やかましい」
トラヴィスはじろっと睨みつけたものの、どこか浮かないような表情で窓を向く。
「何だ、小便か?」
「お前にかけてやるから安心しろ――理由はわからないが、あっさりと終わったのが気に入らないんだ」
「陰謀はこれからってことか?」
ヒースは愉しそうにハンドルを握る。
「黒幕はアメリカ合衆国、そして悪の二大権力コンビ、CIA&FBI。ハリウッドで映画化間違いなしだな。監督はオリバー・ストーンかマイケル・ムーアでどうだ」
「お前は最初からこの事件に関っていないから、俺の妙な気持ちがわからないんだ」
そう言いつつも、トラヴィスもその「妙な気持ち」をうまく説明できなかった。
「恋の予感か?」
「蹴飛ばすぞ」
「考えすぎだ、ヴェレッタ捜査官」
ヒースは隣を見て、片目を瞑る。
「お前は銃で襲われた。だから、もっと劇的な展開になるはずだと、どこかで思い込んでいるんだ。こんなあっさりと終わっていいのか? 俺の男前な顔まで怪我をしたというのに? 嘘だろう? くそったれ!――ナレーションはこんな感じだな」
「最後の気持ちだけは正解だ」
「トラヴィス、事件というのは、案外シンプルなんだぞ?」
どこかで聞いた言葉だと思った。どこだっただろう? すぐに思い出した。自分がジェレミーに言った科白だ。
「……くそったれ」
ヒースはもうほっとこうというように、大きくカーブを曲がった。
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