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幕間 片想いの相聞歌①

「副島先生」  授業を終えて教室を出た一成は、背後から自分を呼ぶ声に、眉間に皺を寄せながら振り返った。今まで自分の担当である日本史を教えていたのだが、居眠りタイムと勘違いしている生徒たちを夢の世界から目覚めさせるために、拳骨パンチを大盤振る舞いしていた。しかしそのせいで肝心の授業がろくに進まないうちに終了を告げるチャイムが鳴り、消化不良のまま授業を終えてしまった。どうやったらあの馬鹿どもに歴史の大切さを分からせることができるのかと歯軋りしていた時に、名前を呼ばれた。 「どうした、藤島」  自分が担任として受け持っている一年三組の学級委員長が、廊下の奥から足早に寄ってきた。 「今、体育の授業だったんですけど」  圭の息は少しだけ速かった。恐らく走ってきたのだろう。 「授業の最中に、綾野君が倒れてしまって、保健室に運ばれました」 「綾野が?」  一成は怪訝そうに聞き返す。 「何があった」 「校庭でトラックの周りを走っていたんですが、三周目あたりで、バタンと倒れまして。みんなで保健室に運びました。たぶん、貧血じゃないかと保健室の先生は言ってました」  一成はやれやれと言うように溜息をついた。 「綾野はそんなに体力がなかったのか? いつも食べ物の話しかしないのにな」 「いえ、たぶん、綾野君は昨日食べた物が悪かったんじゃないかと思います。体育の前に、お腹が痛いと言っていましたから」  冷静と評判の委員長は、しごく淡々と説明する。 「何を食べたんだ?」 「たこ焼きです」  一成は頭痛を堪えるように、軽く目を瞑った。その状況がありありと瞼に浮かんだ。 「腹を壊して倒れるぐらいたこ焼きを食べるなと言ってやれ、藤島」  委員長と綾野勇太は仲が良かった。 「僕より、桐枝君が言ったほうがいいと思いますけど」  圭は担任の冗談にクールに応じる。  その生徒の名前を聞いて、一成は一瞬黙った。 「……ああ、そうだな」  そこで話を止めた。 「状況はわかった。連絡ご苦労だった」 「はい、それじゃ失礼します」  圭は軽く一礼して、帰ってゆく。副島も前を向いて、廊下の端にある階段へ向かった。  ――全く綾野の奴は。  この間の授業でも、万葉集とは何だと聞いたら、寝ぼけ眼で、らーめんとかだんごとかとぬかした生徒である。食い意地が張っているという次元を超えて、食べ物こそが我が人生というモットーがぴったりのような生徒だ。 「……ったく」  それでも、人をいじめたり、騙したり、嘘をついたりするといった本当の意味での大変な生徒ではないので、しょうがないなと呆れながらも、保健室へ足を向けた。自分の受け持つ生徒なので、一応様子を見ておこうと思った。

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