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幕間 片想いの相聞歌②
保健室は一階にある。お昼休みに突入したので、弁当のない生徒たちが反対側にある学食へと駆け込んでゆく。その運動会のような競争ぶりに、自分がここの学生だった頃の風景が重なって、全然変わらないなと半ば感心しながら、閑散としている保健室の前に来ると、静かにドアを横へと押し開いた。
室内はひどく静かだった。一成は顔だけを動かして見回す。保健医の姿は見えない。奥にあるベッドの周りが白いカーテンで覆われているので、そこに勇太は寝ているのだろう。起こさないようにドアを閉めると、足音を忍ばせながらベッドに近づき、そっとカーテンを退けた。
そこにいた生徒が振り返る。
桐枝伝馬だった。
一成はカーテンの縁に手を添えたまま、伝馬を見返す。すぐに言葉が出てこなかった。
「……綾野は大丈夫か?」
伝馬の肩越しに勇太の寝顔が見えて、声を掛ける言葉が見つかったというように訊く。
「はい、大丈夫です、先生」
突然現れた担任教師を顔色も変えずに見つめていた伝馬は、確かめるようにベッドの上で寝ている勇太に視線を落とす。
一成も促されるように顔を向けた。勇太は白いシーツの上で両目を瞑っていた。正確に言うと、愉しそうに寝ていた。もっと正確に言うと、暢気に鼾をかいていた。さらに正確に言うと、少しだけ開いた唇から涎をだらーと垂らしていた。
一成は思わず拳骨を握った。どこが具合が悪いんだと、拳が火を噴きそうになる。この馬鹿小僧とパンチ一発お見舞いしようかと思ったが、からくも担任としての理性が押し留めた。
「綾野は大丈夫そうだな」
そのうち阿呆でも起きるだろうと確信して、伝馬に声をかける。
「お前も昼休みが終わったら、授業に戻れ」
しかし伝馬は素っ気なく首を振った。
「まだ少し心配なんで、ここにいます。五時限目の授業にはちゃんと出ますから」
「昼飯はちゃんと食べろ。大事だぞ」
お昼休みは四〇分程度しかない。一成もお昼休みは食べること以外に色々とやることがあって忙しい。
桐枝、と口にしかけて、伝馬が勇太から目を離すと、一成へ向いた。いつものように真っ直ぐで若々しい視線が、物言わず一成を見つめ、一成は言いかけようとした口を思わず閉じた。
「先生、俺、万葉集を読みました」
不意に、伝馬は言う。
「……ああ、この前の話だな」
一成もすぐにわかった。授業中、万葉集を読んだら感想を言ってもいいかと伝馬が尋ね、一成はいいぞと承諾したのだ。
「どうだった? 面白かったか?」
「はい」
伝馬はためらいもなく返事をする。その生真面目な態度から、本当に読んだのだと一成は半ば感心した。
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