11 / 61

幕間 片想いの相聞歌③

「どんな歌に興味を持ったんだ?」  伝馬はちょっと考えるように俯いた。 「歌じゃないんですが……歌の種類みたいなのに、少し関心を持ちました」 「雑歌や、挽歌というやつだな」 「はい」  ここで伝馬は考えがまとまったというように、顔をあげた。 「俺が興味を持ったのは、相聞歌(そうもんか)です」  一成は無言で頷いた。万葉集は三つの部類で編纂されている。雑歌(ぞうか)挽歌(ばんか)、相聞歌。挽歌は死者を悼む歌で、雑歌は挽歌や相聞歌以外の歌を差し、相聞歌はいわゆる男女の恋を詠む歌だ。 「いいことだ」  あえてその恋の歌の名称を口にしなかった一成である。面倒な展開はご免こうむりたかったので、早々に話を打ち切って保健室を出ることにした。 「ちゃんと飯は食べろよ」  担任らしい言葉を残して、カーテンを手で押さえながら離れようとした。 「俺がいいなと思ったのは」   しかし伝馬は担任の行動を無視して、話を続ける。 「あくまで歌を詠みながら、気持ちを交わしあうところです。気持ちを打ち明けても、殴ったりしないところです」  ささくれた感情を晴らすかのように、棘にまみれた言葉を一成の背中にぶつける。  ――やっぱりきたか。  一成は軽く両目を瞑った。聞くんじゃなかったと頭が痛くなったが、日本史を教える心優しい教師から相談室の問答無用な世話係に心を入れ替えて、伝馬へ億劫げに向き直った。 「桐枝、言っておくが」   少々凄みのある声を出す。 「俺はお前のような生徒には、全員同じことを返してやったんだ。それが俺の相聞歌だ」  有無を言わせない口調で断言すると、今度こそベッドのカーテンを乱暴に引いて保健室を出て行こうとした。 「俺は!」  だが、伝馬は怯まずに言い返す。 「そんな相聞歌なんかぶっ潰してやる! 絶対に俺は先生に負けない!」  一成は振り返らずに、後ろ手で保健室のドアを勢いよく横に閉めた。ドアはぶつかるような音を立てて跳ね返りそうになったが、ぐっと手に力を入れて押し留めた。  ――何を言っているんだ、あいつは。  ドアを背に立ったまま、一成は唖然となる。  ――何が絶対に負けないだ。  その主張に込められた気持ちにうんざりとなる。相談室で告白された時にストレートパンチを喰らわせる形で断ったことを、伝馬はいまだに根にもっているのだろう。  ――知らんな。  一成はそっぽを向いて廊下を歩き出す。だが、口から小さなため息が洩れたのは、自分でも不思議だった――

ともだちにシェアしよう!