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第二話⑪

「それじゃ、叔父貴を助けたからもう用事はないな。俺は忙しいから行くぞ」  何か言われる前にさっと背を向けて、部屋から脱出しようとした。 「待て、一成」  自分が命令すれば従うのは当然という尊大な声が、ふかふかな床の上を飛来して速やかに目標物へ到達する。  一成は鬱陶しそうに振り返る。冴人は両手を組んだ状態で身動き一つせずに、非常に怜悧で鋭い眼差しを向けていた。 「本当に、何もなかったのか」  一成は怪訝そうな表情を浮かべる。冴人の口振りが疑問形だからだ。 「俺が知っている限りは、叔父貴が気にすることは何もない。本当だ」 「そうなのか?」  冴人は一挙手一投足を見張るように、一成へ視線を貼りつけている。 「そうだ」  一成はきっぱりと言い切ると、冴人へ抗議を示すために無言で扉を開けて部屋を出た。  ――一体、何なんだ。  相変わらず人気のない廊下を進みながら、一成は冴人の言動に首を傾げる。今までにない話の展開に少々驚いていた。明らかに理事長の冴人は何かを疑っていた。それにはどうも自分が関わっているようだ。  ――何かしたか、俺は。  歩調をゆるめ、両腕を組みながら記憶を辿る。授業中に夢の世界にいた食べ物大好きな生徒を叱ったこと。廊下を陸上選手のように走っていた陸上部所属の生徒を叱ったこと。放課後の掃除中にモップでチャンバラしていた仲良し二人組の生徒たちを仲良く叱ったこと。相談室へ惚気話をしに来た彼女いない歴が長かった生徒をうるさいと叩き出したこと。以下云々。  ――ほとんど叱ってばかりだな、俺は。  うーんと唸る。もしかしてそれに対して生徒の親たちから苦情がきたのかもしれない。今はどんな屁理屈でもごねた者勝ちの時代だ。それならば大ケ生校長から出頭命令が来るはずだが、理事長経由なのは身内というプレミアム感のせいなのかもしれない。  ――しかしあの叔父貴が事をはっきりと言わないのもおかしいな。  まるで自分を試すように訊いていた。  一成は階段を粛々と下りていく。あとは……  ふと、前方に見える窓に目がいく。ガラス窓いっぱいが夕日の光で輝いていて、廊下まで赤焼けに染まっている。  一成は階段を下りて廊下の窓側へ足を向ける。綺麗な夕焼けが西の空に溢れていて、地上のグラウンドでは生徒たちがそれぞれの部活動に精を出している。普段通りの放課後の日常風景だ。  なぜかほっとした気分になって、一成は職員室へ戻ろうとした。テストの採点が待っている。あの二人の先輩はまだ残っているんだろうなとまたまたゲンナリしながら歩いていくと、職員室がある前方から誰かが小走りでやってきた。  伝馬だった。

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