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第三話④
「それにしても、気に入らない」
冴人は大型犬に甘えるように順慶にずっしりと寄りかかったまま、刺々しく吐き出す。
「何が気に入らないんだ? 俺の撫で方か?」
胸に頭をもたれているのでそんなに気に入らなくはないだろうと思ったが、冴人とは常人の感覚では付き合えないことを長年の経験から承知している。
「愚か者、そうではない」
冴人はぴしゃりと言う。
「一成だ」
お、と順慶は片眉をあげた。愚か者と言われてもてんで腹も立たないが、それよりも空気が微妙ながら斜め方向に向かい始めたのを嗅ぎ取る。
「一成がどうしたって? ベッドの上で俺たちが抱き合ったまま喋らなきゃいけないことなのか?」
「当たり前だ。私の甥で、お前は元担任で、現在は同僚だろう。話から逃げるな」
冴人は順慶の撫でる手を払うように胸元から顔を上げて睨みつける。見透かしているぞと言わんばかりだ。
順慶はやれやれと撫でるのをやめて、ベッド横のサイドテーブルにあるベッドライトをつけた。こぢんまりとした温かな色合いの明かりが二人の枕もとを照らす。
「なぜライトをつけた」
「そりゃ、お前の怒っている顔が見たいからさ」
ぬけぬけと順慶は嘯くと、自分の胸におさまっている冴人をまじまじと眺めた。良いお育ちのお坊ちゃまがブレることなく五十代になりましたという品性の良い顔立ち。これでどこかの王侯貴族のようなスーパー上から目線な態度でなければ、周囲から愛され慕われていただろうが、冴人自身は周囲から愛され慕われたいとは微塵も思っていないだろう。順慶も今更そんなキャラ変更されても白けるだけだ。
「馬鹿者、順慶。話を逸らすな」
ベッドライトの明かりで眩し気に目を細めた冴人は、キッとなる。
「私の怒っている顔など、お前の頭の中にたくさん詰まっているだろうが。順慶は私をいつも怒らせているからな」
本気でムキになって言い返す。
順慶は予想通りの展開に目尻を下げた。うーん、可愛い。可愛いからわざと怒らせてしまう。
「そんな馬鹿話よりも、一成だ」
冴人は再び順慶の胸板を自分専用の背もたれにすると、甥っ子と同じ三白眼を光らせる。
「俺が話した内容が問題なのか?」
順慶は柔道で鍛えている胸でどっしりと冴人を支えながら、汗で濡れた髪をさらっとかき上げる。
「そうだ、問題だ。大問題になるかもしれない」
冴人は顎をあげて下から順慶を睨む。
「お前はどうしてそう呑気なのだ。間違いが起きたら、どう対処するつもりだ」
「間違いなんか起きない。一成だぞ」
順慶は顎を下げて、仕方ないなあというように苦笑いする。
「あいつは生徒から告白されても、絶対に応じない男だ。応じないどころか、パンチしたからな」
「それもだ」
冴人は苦々しい口調になる。
「なんて暴力的なんだ。私と同じ血が流れているとは到底思えない」
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