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第四話⑦
伝馬はびっくりしつつ、往来の邪魔にならないように脇の塀に自転車を寄せる。見間違いではないかと、もう一度よく目を凝らす。背格好、着ているダークグレーのスーツ、堂々とした歩き方。
――先生だ!
ごくりと息を呑み込む。何でここを歩いているんだろう。自分の通学路だが、一成を目撃したのは今が初めてだった。
――先生は車で通勤しているはず……
確か圭がそう教えてくれた。セイランブルーとブラックカラーのフェアレディZ。教員用駐車場でも一際目立っている。廊下から窓越しにさりげなくチラ見した時、とてもカッコいい車だと思った。カッコいい先生にすごく似合っている。
――それなのに何で歩いているんだろう。
車が故障したのかなと思ったが首をひねる。けれど歩いているのなら自宅は近いのだろう。どう見ても学校帰りである。
……一人で先生が歩いている。
伝馬は自転車のハンドルを握ったまま、どんどん遠ざかっていく後ろ姿を見つめる。だんだんとシルエットになっていく。
ハンドルを握る手が汗ばむ。行く先は同じ方向だ。自分もこの道をまっすぐに進まなければ家へ辿り着けない。
伝馬は深く考えずに本能に従って自転車に飛び乗ると、急いでペダルを漕 いだ。周りで車は走っているが、歩行者は一成以外に見当たらない。先程追い越した女性は途中で左に曲がった。
猛然と走らせて、すぐに追いつく。
前にいる一成は何かの気配を感じ取ったかのように肩越しに振り返る。そのタイミングで伝馬はブレーキをかけて叫んだ。
「先生!」
一成は大きな十字路で横断歩道を渡らずに左方向に曲がると、脇目も振らずコンクリートの歩道を歩いていく。普段は自動車通勤をしているので自分の足で歩くのは新鮮だったが、気持ちはあまり愉快ではなかった。
――やっとで今日が終わる。
綺麗なグラデーションになっている夕日を眺めて歩きながら、疲れたような息をつく。朝は自分の愛車を運転してきたのに、一日の終わりを徒歩で帰るというのは今日の締めに相応しいような気がした。
――朝からどうも気分が乗らなかったな。
毎朝スーツの上着と一緒に教師としての自覚を羽織って学校での教職に臨んでいるのだが、職員室で古矢 の第一声「おはよう一成! 聞いてくれ!」が始まって「五月蠅 い、お前たち」と理博 に絡まれるところから気分が下降していった。教室のホームルームでは生徒の出席のチェックをしたが、一人足りなかった。欠席するという連絡を受けてはいなかったので、ホームルームが終わったら速攻で生徒の自宅へ確認の電話をしようと思った矢先に、豪快に教室のドアが開いてその生徒が転がり込んできた。遅刻の理由は「来る途中で自転車で転んじゃったんっス!」と笑いながら元気溌剌 に答えた。教室中がドッと湧いたが、そうかと一成は三白眼を吊り上げながら粛々と出席簿に〇を書いた。
それからお昼休みまでそれぞれのクラスで日本史の授業を教えていたが、相変わらず眠そうな生徒がいたり、もう眠っている生徒もいたりと、日本史の教師として怒りと自分の教え方の不味さを味わい、どうしたらよいかと授業をやりながら頭を抱えた。
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