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第五話⑧

「アホか!」  荒っぽく更衣室のドアが開いて、麻樹が入ってきた。 「俺は宇佐美の母親じゃないっつうの! 宇佐美を体育委員長にしたのは藤島だろうが! 藤島が責任もって宇佐美とやれって!」  全部の窓を閉めて鍵をかけてから、伝馬は振り向く。麻樹は自分のロッカーを開けて黒いバックパックを肩からずり下ろすと、頭に右手をやってハーっと疲れたような息を洩らした 「上戸先輩」  伝馬が声をかけると、え? というように顔を上げて振り向く。人がいることに気づかなかったようだ。 「桐枝? どうした?」  真新しい入部生たちの名前はしっかりと覚えた主将である。伝馬は安心して近づく。 「窓を閉めていました。最後にこの部屋を出るのは自分だったんで」 「なんだ、まだ俺がいるから大丈夫だぞ」  麻樹は表情を崩して笑う。 「本当は先輩の連中がちゃんと確認しなきゃいけないんだ。桐枝はまだ新入生だし、そんなに気を使うことない」 「あ、はい」  麻樹も気遣ってくれているのがわかる。 「桐枝はいつも周りに気を配っているよな。世話焼きっていうか。すげえなって思う。たまには面倒臭がってもいいんだぞ」  部を率いる主将らしく周囲を細かく見ているようだ。くだけた調子ながらも伝馬のことを考えてくれているのが伝わってきて、伝馬は少しだけ俯いた。なんとなく気恥ずかしい。そんなに周りの面倒を見てはいないと思うが、麻樹にはそう見えるのだ。  ――上戸先輩こそ気を使ってくれているよな。俺たち一年生にも。  ちょっとほんわかした。  麻樹は手早く制服を脱いで藍色の道着と袴に着替える。手慣れた動きで身だしなみを整えると、伝馬を振り返った。 「さ、行くぞ」  伝馬も「はい」と返事をしてついて行こうとした。だが胸の中の黒いしこりがざわざわした。  ――聞いてみようかな。  思い切って。  ――誰もいないし。  こんな場面はあまりない。  更衣室を出ていこうとする麻樹を、伝馬は息を呑んで窺う。変に思われたらどうしよう。でもいいか。俺が気になっているんだから。いや気になっていても聞いたら駄目だ。もっとよく考えてから。でも――ハムスターが動かす回し車のように思考回路がクルクルと回転して、さらにコロコロと回転して、まだまだ大回転していく。 「どうした、桐枝」  ドアノブに手をかけて、麻樹は動こうとしない伝馬を振り返る。 「具合でも悪いのか」  心配そうに言葉をかけられて、回し車はぴたっと止まった。 「上戸先輩」  伝馬は思い切ったように前に進み出る。 「あの、聞きたいことがあるんですけれど」

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