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第五話⑨

「何だ? どうした?」  麻樹は振り返ったまま、気軽に聞き返す。 「あの」  と、伝馬は何て言おうかと少しまごついた。すると麻樹が先回りして言った。 「二階堂先生なら、風邪を引いて今日は休みだ。だから遅れて行っても大丈夫だぞ」  おそらく伝馬の態度から予想して気を回したのだろうが、伝馬は申し訳なさそうに目線を下げる。 「いえ、あの……部活のことじゃないんですけれど」 「え?……あ、そうか」  麻樹は何かが閃いたというように、闊達(かったつ)そうな顔立ちを引き締める。 「宇佐美のことか。あいつにはマジでびっくりするよな。一年生はほぼ初めてだろうけれど、びっくりするのが普通だから。でも変な奴じゃないから。ただ声がデカいだけだから。意味不明なところもあるけれど、いい奴だから」  突っ込み入れながら真剣にフォローする麻樹である。上戸先輩がいい人なんだなと伝馬は改めて安心した。 「すみません、先輩。俺が聞きたいのは……副島先生のことなんです」 「副島先生?」  麻樹は鸚鵡(おうむ)返しに言う。 「そういや、桐枝の担任だっけ」 「はい」  伝馬は緊張してきて唾を呑み込む。うだうだと悩んでいい加減に疲れた。  ――もうどう思われてもいいから聞こう。  俺はそういう奴なんだと半分開き直った。 「副島先生がどうかしたのか?」  麻樹はドアノブから手を離して伝馬に向き直る。ちょっとだけ顔色が難しくなった。 「さっき先輩が言っていた空手部の先輩と喋っていた時に、副島先生のことを話していたのが聞こえてきて」  麻樹は思い出そうとするように頭をかしげる。 「俺たち何か喋っていたっけ?」 「すみません、ほんとに聞こえてきて」  何度もすみませんを繰り返しながら、伝馬はお腹に力を込めた。 「この間、空手部の先輩が副島先生にも話したって聞いて」 「あいつの声、普通じゃないもんな。聞きたくなくても聞こえてくるよな」  伝馬の言いにくさを思いやるように麻樹は頷くと、思い出したという表情になって、ちらっと伝馬に視線を投げた。 「副島先生のことか」 「はい」  伝馬は息をつめる。意味ありげな視線が怖かった。  麻樹は少々考えるように胸のあたりで両腕をゆるく組む。 「桐枝、ちょっと聞くけど」  また視線を投げる。 「どうして副島先生のことを聞きたいんだ? 担任だから?」  その用心深い言い方に、伝馬の心臓の鼓動がマックスまで跳ね上がる。何? 副島先生に何があるんだ? 「あの、実は」  気持ちがどうしようもなく取り乱れて、もうぶっちゃけることにした。 「俺、副島先生に告白したんです!」

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