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第五話⑪

「桐枝、座れ」  麻樹は更衣室の隅にある丸椅子に伝馬を促す。伝馬は少々ポカンとなって目の前の展開を眺めていたが、麻樹に呼ばれてすぐに「失礼します」と言われた通りに椅子に腰かけた。 「長い話じゃない。けれど、短くもない」  麻樹はもう一つの椅子に伝馬と並んで座る。  伝馬はきちんと膝の上に両手を置いて、姿勢を硬くする。まるでこれからサスペンス映画でも見るような緊張さが全身を覆っている。 「聞かされた話だ。だから、本当かどうかもわからない」  そう口にしながらも、麻樹は真剣そのものだ。  伝馬は心臓の動悸を感じながら、息を殺して麻樹の言葉に全神経をそそぐ。 「俺が一年生だった時に聞いた話だ」  麻樹は淡々と語り始めた。  夕闇が迫る中、一成は歩いて帰っていた。  愛車のフェアレディZはあと数日で修理が終わるという。結局代車は借りずに、車が戻ってくるまで徒歩で学園まで通うという生活を送っていたのだが、歩いて帰るという新たな選択肢ができたのは良かったと感じていた。  ――スーパーにも普通に立ち寄れるしな。  帰宅ルートには日常生活に必要な小売店が並んでいる。用事がなければ車はなくても支障はないので、愛車が来るまでマンションと学園だけを往復する生活をしようと決めた。元々アウトドア派ではないし、気ままな独身である。特別に不都合はなかった。  ――一日が無事に終わるとホッとするな。  一成はやわらいだ風に一息つく。教職は生徒を相手にしているので、尚更に緊張の糸がゆるむ。車通勤していた時は運転席に座るとそう感じたが、自分の足で帰っていくと、学園外の景色や光景に刺激を受けるからか、ずっと気分がリラックスして心が軽い。この前のような踏んだり蹴ったりの一日ではなかったので余計によろしかった。  ――生徒たちも何事もなかったし。  つつがなく学園生活を送れているかどうかが一成には重要である。よく勉強してくれれば言うことはないが。  ――来月は中間考査がある。その次は体育祭だ。どちらも早く取り掛からないと。  一成は歩く速度を落とさずにつらつらと考える。中間考査は一年生が受ける初の定期テストだ。一成は全員に良い成績を取って欲しいのでテスト内容も色々と工夫している。良い点数を取れば面白く感じて、勉強にも熱が入るかもしれないという希望を抱いている。それが終われば体育祭だ。  体育祭は例年七月に行われていて、各クラスで色々と準備が始められる。吾妻学園では生徒会が主体となって開催されるが、一番のメインイベントは各クラスから選ばれた一名がクラス代表の名誉をかけて競い合う学園一文武両道会である。某有名マンガからパロったおふざけ満載の名称で、当初は体育祭を盛り上げるネタイベントだったのだが、人間と言うのは競い始めると冗談では済まなくなっていくのだろう、いつのまにか本気度ナンバーワンイベントになってしまった。内容は名称の通り、文と武の両部門で得点を競い合い、最高得点者が優勝となる。そのクラス代表を決める話をホームルームでしたのだが、生徒たちの反応は鈍かった。まあ仕方ないと一成は理解している。学園に入学してまだ半年も経っていないのだ。だからこそ七月に開催されるのである。一年生たちが体育祭という行事を通じてクラスや先輩たち、学園の生活に馴染んでいけるようにとの学園側の願いである。

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