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幕間 見つめる
放課後、一成は図書室の奥にある本棚を目指し、足音を立てないように近づいていく。そして相手の顔が見える位置まで来ると、周りに迷惑をかけないよう、そっと呼んだ。
「深水先生」
榮はベージュ色の壁を背にして立ち、左手で本の背表紙を抱え、右手でページをめくっていた。長身で端整な佇 まいの榮が読書をしている姿は、一成にはすでに見慣れたものだが、いつ見てもドラマのワンシーンのように格好いいと胸が騒いだ。
「どうした、一成」
榮は本のページに落としていた視線を一成へおくる。親しい生徒を見守る教師の穏やかな目で。
一成は足を止めて、小さく息を吸いこんだ。榮の目はまるで異世界への扉のようだ。その不思議な色合いに見つめられると、心がその扉の中へと迷い込んでしまいそうになる。
「俺、進路を決めました」
「ああ、その話か」
榮は片手で本を閉じる。パタンという物音が耳に心地よく、一成は逸る気持ちを抑え切れずに言った。
「俺、教師を目指します」
「君にジョークを言われたのかと思っていたが」
榮は口元に笑みをたたえる。
一成はからかわれたと思って、少々熱くなって言い返す。
「違います。俺は本気です」
以前から、榮に将来の目標を語っていた。教師になりたいと話した時は「私に憧れているという告白か、一成」とおどけたので、「悪いですか」と嚙みついたら、榮は珍しく声をあげて笑った。
「先生には冗談だったかもしれませんが。俺は真剣に考えていたんです」
ちょっとばかりヘソを曲げる。いつになったら、子供扱いしなくなるのだろう。一成は唇を噛む。自分はもう三年生だ。高校を卒業するのだ。
――大人になるのに――
ちらっと榮に視線を向ける。榮は硬い本を片手に、鷹揚 な姿勢で一成の話に耳を傾けている。いつものように謎めいていて、魅惑たっぷりな微笑を浮かべて。
――俺は大人になるんだ。もう子供じゃないと、先生に認めてもらうんだ。
一成はその微笑を瞼に焼き付けようとするかのように、まっすぐに見つめる。
「俺は、教師になります」
同じ教師になって、先生を見つめていたい。
ずっと――ずっと。
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