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幕間 終わる

「深水先生!!」  ようやく榮を見つけた一成は、卒業証書が入った黒い丸筒を片手に顔を輝かせて駆け寄る。 「ここにいたんですか! 俺、ずっと捜していたんですよ!」  ぷりぷりと怒る振りをしながら、榮の様子をうかがう。  一時間ほど前に卒業式は(とどこお)りなく終了した。教室では学園卒業という人生のイベントにテンションが高くなった同級生たちが、挨拶をしにきた後輩たちも巻き込んで、男子校らしくうるさく騒ぎまくっていたが、一成はこっそり抜け出して榮を捜していた。一成も仲の良い同級生や七生と面白おかしくはしゃぎたかったが、それ以上に榮に会いたかった。  どこに行ったんだろうと、職員室や図書室をうろうろと捜して回ったがいない。卒業式には姿があったので、まさかもう帰ったんじゃないよなと心配になった。榮は教師だが、担当クラスはなく、部活の顧問をしているわけでもない。でもさすがにそれはないだろうと思い直して、校舎内を歩き回り、昇降口から外へも足を運ぶと、校舎の外壁に沿って植えられている桜並木の下にいた榮を見つけた。 「ここで何をしているんですか?」  一成は少々憮然となって聞く。ずっと捜していたので、気持ちが荒ぶっている。だが微妙に甘える響きが混じっているのは、本人も気づいていない。 「私がここで何をしているのか、見てわからないのか、一成」  榮は見上げていた視線を一成へ優雅に移して微笑する。  一成の頬が、ほんのりと熱くなった。 「木を……見ていたんですよね」  榮に微笑まれて、気持ちが吸い込まれない人間がいるはずがない。一成は胸の高ぶりを落ち着かせるために、小さく深呼吸した。 「来月には、満開になると思います」  一成も榮にならって木を見上げる。まだ枝ぶりは寂しく、蕾も小さい。  ――桜が満開になる頃、俺は大学に通い始める。  一成は夢見るような眼差しになる。一生懸命勉強して……そして。 「そうだな」  榮も再び桜の木を仰ぎ見る。どこか名残惜しむかのように。 「毎年、目にしていたが、もう見ることはない。仕方がない」 「……どういうことですか?」  明るかった一成の表情が、戸惑うように真顔になる。 「もう見ることはないって……」  すると榮は憐れむような目で、一成を軽く一瞥した。 「私はこの学園を去る。さよならだ」  ひどく冷めた言い方だった。 「……」  一成の顔がみるみる色をなくす。信じられないことを聞いたというように全身が凍りつき、言葉もすぐに出ない。 「さよならだ、一成」  榮はそんな一成の様子に特別な関心を払うことなく、かろやかに(きびす)を返す。 「……ま、待って下さい! 先生!」  我に返った一成は、慌てて追いかけようとして(つまづ)き、あやうく転びそうになる。しかし榮は振り返らない。 「待って下さい!!」  一成は手を伸ばして、榮に(すが)りつくように追いかける。いきなりどうしてこんなことを言うのかわからない。  榮は立ち止まらない。英国のパブリックスクールで(しつ)けられた歩き方を崩すことなく、背を向けて遠ざかる。 「先生!! 深水先生!!」  ――俺も教師になって先生とずっと一緒にいたいんです……  一成は痛いくらいに想いを叫ぶ。  だが、向けられた端正な背は(ひるがえ)らない。  抱かれた時は力強いと感じた背中が、今は壁となって自分を拒絶している。  ――どうして……  やがて、一成はぼんやりと立ち尽くした。好きだった人の影すら、もう見えない。何も見えない。  どうして、どうして、どうして……  視界に入る姿が、脆く崩れていく。それは雨に濡れたようにぐにゃりと滲んでいく。まるで世界が形を変えたかのように。  ……どうして……

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