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第2話『交渉』

真白い空間の中に自分はいた。だが身体はなかった。 己という、個の意識だけがある。 上下感覚のない、真白な靄の中で何も見えないのに、なぜか自分と同じような個の意識がもうひとつあることがわかった。 ここはどこだろうと思うこともなく、漂っていた。 いつからここにいるのかわからない。 来たばかりかもしれないし、永遠にいるのかもしれなかった。 心地よく浮かんでいると、突如、『大きな意識』が顕れた。 その圧倒的な存在に震えあがった。なぜかはわからないが、畏れ多くて、肉体があればガタガタしていただろう。そんな心境を知ってか知らずか、『大きな意識』は、語りかけてきた。  ―すまぬことをした。おぬしらは、まだ、還るときではなかったものを 『大きな意識』の声は、男なのか女なのか、わからなかった。男と思えば男、女と思えば、女のように聞こえた。  ―われわれにも、手違いというものは、ある 『大きな意識』は申し訳なさそうだった。  ―ここまで、戻ってきてしまったからには、意志をきかねばならぬ。 『大きな意識』はゆっくりと声を響かせた。  ―残りの生を、いきたいか? 問われて、思い出した。 自分は職場の同僚と一緒に居酒屋を出て、駅に向かっている途中だった。歩いていただけなのに、前触れもなく意識が遠のき、暗転していた。 そして気がついたときには、この真っ白な靄の中に流れ込んでいたのだ。 そこでわかった。自分はあのとき、死んだのか。 持病はないので、突然死ということになる。心臓発作という診断になるのかもしれない。 だが『大きな意識』は、生き返らせてくれるようなことを、ほのめかしている。 それができるなら、と思った矢先、もうひとつの意識が果敢にも表明した。 「ぼくは、生きたい。でも、あんな身体は、もういやだ」  切なく、泣きそうな響きだった。 『大きな意識』は思案するかのように黙った。  それから、自分に尋ねてきた。  ―おぬしは、これからの生に、なにか希望はあるか しばし考える。 隣の意識体は身体のことを言っていたな、と思ったら、浮かんできたことがあった。 その思いを伝えると、『大きな意識』はうなずいてくれた。  ―詫びのしるしに、ふたりの希望をかなえよう。   おぬしらは、互いの身体を交換して、生きるがいい。   ただし、了承すれば二度と、もとの身体には戻られぬ。   それでも、よいか。 とんでもないことを言われていた。 それはつまり、『彼』は『おれ』として生きるということ。 考えさせてほしい、と言おうとしたが、もうひとつの意識体は勝手に了承した。 その迷わぬ決断に驚かされた。だが自分もすぐに、まあいいか、と思った。 ここに来る前、ひどく傷心していたせいかもしれない。 承諾を表明すると、『大きな意識』が微笑んだ気がした。  ―奇しくも、文明レベルは同じ星のヒト同士。すぐに慣れるだろう。 『大きな意識』は深く息を吸うようにして言った。  ―それぞれの死はまばたき。時は経たずして、二度目の生が始まる。 瞬間、ものすごく強力に引っ張られるのを感じた。 己の意識が遠のきかけたとき、『大きな意識』の声が響き渡った。  ―謳歌せよ それはまるで、祝うかのようだった。

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