5 / 79

第5話『記憶が戻るまで』

天井まであるリビングの窓はカーテンが開けられたまま、外は暗くなっていた。 やがて、サキにひとつの提案が浮かんだ。改めてレイを見ると、彼も困っているようだった。サキは慎重に言葉を紡いだ。 「本当なら、おれは、すぐにでも出ていかなきゃいけないと思います」 レイがスッと目を細めた。その視線にどきっとしつつ、サキは続けた。 「けど、今のままだと、おれはどうやって暮らしていけばいいのか、わかりません」 「…………」 「少しだけ置いてもらえませんか。この世界に慣れるまででいいので」 サキが言うと、レイはかすかに眉根を寄せた。 「……この世界?」 繰り返された言葉に、しまった、と思った。 「あ、いや、世界じゃなくて、生活、です」 慌てて言い直す。 「記憶が戻るまでとは言いません。だいたいの生活がわかれば、すぐに出ていきますから」  丁寧にお願いしたつもりだったが、レイは黙った。 やはり図々しいか、とあきらめかけたとき、 「サキが記憶を失ったのは、おれの責任だから。記憶が戻るまで、いてくれていいよ」 青白い顔で、ぼそりと言われた。サキはホッとした。 記憶が戻ることなどないが、当面は生活の保障ができた。 「すみません。ありがとうございます」 頭を下げると、彼は居心地悪そうに言った。 「敬語はやめてくれる? あと、サキはおれのことはレイって呼ぶから」 その言葉にサキは肩の力を抜いた。 「……わかった。慣れるまで、いろいろ訊くと思うけど」 「うん。できる限りのことはするから」 別れた恋人に真摯に答えてくれた彼に、サキは微笑みかけた。 「ありがとう、レイ」 すると、彼は驚いたように目を大きくし、そして、小さくうなずいた。 それから届いたピザを二人で食べた。チーズがたっぷり乗っていて、味も見た目も違和感はなかった。 食べながら、今は三月だということと、大学は春休みであることを知った。 食事を済ませ、それからこの部屋に案内された。 サキは寝返りを打った。ベッドで回想していたら欠伸が出て、そのまま眠りに落ちた。

ともだちにシェアしよう!