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第5話『記憶が戻るまで』
天井まであるリビングの窓はカーテンが開けられたまま、外は暗くなっていた。
やがて、サキにひとつの提案が浮かんだ。改めてレイを見ると、彼も困っているようだった。サキは慎重に言葉を紡いだ。
「本当なら、おれは、すぐにでも出ていかなきゃいけないと思います」
レイがスッと目を細めた。その視線にどきっとしつつ、サキは続けた。
「けど、今のままだと、おれはどうやって暮らしていけばいいのか、わかりません」
「…………」
「少しだけ置いてもらえませんか。この世界に慣れるまででいいので」
サキが言うと、レイはかすかに眉根を寄せた。
「……この世界?」
繰り返された言葉に、しまった、と思った。
「あ、いや、世界じゃなくて、生活、です」
慌てて言い直す。
「記憶が戻るまでとは言いません。だいたいの生活がわかれば、すぐに出ていきますから」
丁寧にお願いしたつもりだったが、レイは黙った。
やはり図々しいか、とあきらめかけたとき、
「サキが記憶を失ったのは、おれの責任だから。記憶が戻るまで、いてくれていいよ」
青白い顔で、ぼそりと言われた。サキはホッとした。
記憶が戻ることなどないが、当面は生活の保障ができた。
「すみません。ありがとうございます」
頭を下げると、彼は居心地悪そうに言った。
「敬語はやめてくれる? あと、サキはおれのことはレイって呼ぶから」
その言葉にサキは肩の力を抜いた。
「……わかった。慣れるまで、いろいろ訊くと思うけど」
「うん。できる限りのことはするから」
別れた恋人に真摯に答えてくれた彼に、サキは微笑みかけた。
「ありがとう、レイ」
すると、彼は驚いたように目を大きくし、そして、小さくうなずいた。
それから届いたピザを二人で食べた。チーズがたっぷり乗っていて、味も見た目も違和感はなかった。
食べながら、今は三月だということと、大学は春休みであることを知った。
食事を済ませ、それからこの部屋に案内された。
サキは寝返りを打った。ベッドで回想していたら欠伸が出て、そのまま眠りに落ちた。
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