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第13話『指名』
店の入口は狭かったが、店内はそれなりに広かった。薄暗い照明の中、カウンターは長く、サキを入れて五人いた。
カウンターの中の従業員はみな白いシャツを着て、首にチョーカーをしていた。そういえば、サキのロッカーにも黒のチョーカーがあったことを思い出す。
制服規定なのかもしれないが、ヒロムから指摘はされなかったので、まあいいかと思った。
店内はカウンターの他にボックス席がある。流れている音楽は程よい音量のジャズで、周囲の客の会話を掻き消していた。
客はカウンターの中にいるサキたちとおしゃべりを楽しむか、席で仲間と飲むかしていた。たまにカウンターの中にいる彼らが呼び出されて、ボックス席に飲みに行ったりしていた。
そもそも『泉サキ』は十九歳ではなかったか。その年齢で酒を飲んでもいいのかと気づいたのは、客に勧められて、カクテルを飲んだ後だった。
自分は三十二歳の会社員である。アルコールの解禁はとっくに済ませていたので、そのことをすっかり忘れていた。だが、周りは誰も何も言わない。
この世界での飲酒ルールも調べておかないとな、と客の話を聞き流しながら思った。
サキに酒を勧めてきたカウンターの男性客としばらく会話していた。
職場の飲み会営業だと思えば、なんてことはなかった。上司のくだらない自慢話に相槌を打ち、適当に褒めて、気持ちよく飲ませ、しゃべらせておく。すると満足して帰っていく。それと変わらなかった。
サキは更衣室でごねていたのが嘘のように、無難にこなしていた。
酒の注文を聞き、ヒロムにお願いしてドリンクを作ってもらう。サキが酒を作らなくても、客は何も言わなかった。
刻々と時間が経つにつれ、周りを見る余裕が出てきた。そこで気づいた。
(顔のいい奴らばっかりだな)
カウンターにいる従業員はアイドルグループと間違いそうだし、客も皆モデルかと突っ込みたくなるくらい背が高く、端整な顔つきだ。客の年齢層は様々だが、この店内の美形率は異様に高かった。
これはハードだな、と思ったのは、客はカウンター内にいる従業員たちに遠慮なく酒を飲ませようとしてくるところだった。酒好きでなければ、きついバイトだろう。
飲み過ぎて酔っぱらってしまうのはまずいと思っていたが、どうやらこの身体は酒に強いらしい。まったく酔う気配がない。
とはいえ、気をつけながら飲んでいると、黒スーツの男、新田がカウンターに入ってきた。
サキの隣に立ち、耳打ちしてくる。
「泉。大河内さんが個室で呼んでるが、やれるか」
店内の音楽で会話は消されるとはいえ、周りの客に聞こえないように小声で話しかけられた。サキはこの店に個室があることを知った。
(個室? 客について飲めってことか?)
サキは迷った。出た方がいいのか、わからない。
従業員はたまにカウンターから出ていって、また戻ってきている。そういえば、出ていったきりの人もいるな、と三人になったカウンターを見て思った。
ざっと店内を見ると、ひとりはボックス席にいて、更衣室でヒロムといた垂れ目の男はフロアにいなかった。個室で酌をしているということか。
サキが決めかねずにいると、ヒロムが近寄ってきた。声を潜めて言った。
「新田さん、サキくんは誰に呼ばれたんです?」
「大河内さんだ」
「またか。サキくん、大河内さんは太客で、いつもサキくんを個室に呼ぶんだよ」
ヒロムが肩を竦めたので、いつものことなのか、と思った。それなら出た方がいいだろう。
サキは店長に会おうとしていたことを思い出したが、戻ってからにすることにした。
「わかりました。行きます」
サキが答えると、新田がわずかに目を開き、にやりと笑った。ヒロムは黙って見ている。
「ついてこい」
新田が言った。
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