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第12話『困惑』

従業員入口はビルの裏の一階にあった。男はカードキーで裏扉を介助した。サキの腕を掴み、中に入ると更衣室のようなところに放り込まれた。 部屋にはロッカーが並んであり、他に二人の男がいた。 「おい! 泉が記憶なくしたとかほざいてるから教えてやれ! そんでカウンターに立たせろ!」 それだけ喚いて出ていった。更衣室にいる男二人は呆気に取られている。 サキは掴まれていた腕をさすりながら、なんて店だ、と黒スーツの男を見送った。すると、部屋の一番奥にいた男が話しかけてきた。 「サキくん。いまの、なに?」 彼もびっくりしたようだったが、サキもまた近寄ってきた男を見てびっくりした。 とても綺麗な顔をしていたからだ。細面で切れ長の瞳をしている。色白で目元にあるホクロが、なんともいえない色気を醸し出していた。年齢は〈泉サキ〉と同じくらいだろうか。思わず見惚れそうになる美青年だ。 「サキくん?」 首をかしげられ、ハッとした。 「あ……すみません。あの、おれ、記憶喪失になりまして。電話もらって、とりあえず来たんですけど、どうすればいいのか……」 困惑していると、彼の隣にいた男も寄ってきた。この男もまた整った顔立ちをしており、垂れ目が印象的だ。 「記憶喪失ってマジ? じゃあ、泉はおれたちの名前とか、わかんないの?」 サキはうなずいた。 「申し訳ないです。こんな状態なので、店長さんに会って話がしたいんです。どうすればいいか教えてくれませんか」 二人は顔を見合わせた。 「たしかに泉はこんなちゃんとした話し方はしないな」 垂れ目の男が面白そうな顔をした。次いで、色気のあるホクロの男が言った。 「店長はいつ来るか知らない。会いたいなら新田さんに言って」 「にった?」 「さっきのスーツ着てた奴だよ」 サキは顔を曇らせた。 「あの人に店長に会わせてほしいって言ったんですけど、そしたらここに連れて来られて」  眉根を寄せると、二人の美青年はちらりとお互いを見合った。ホクロのある彼が言う。 「とりあえず、ぼくらがフォローするから、カウンターに入ってくれる?」 優しそうな顔をして意外とスパルタである。サキが驚きで小さく口を開けると、垂れ目の男も賛成した。 「そうだな。新田さんもそう言ってたし」 「今日は上客が来るから、サキくんに入っててほしいだろうし」 風向きが怪しくなり、サキは慌てた。 「あ、あの」 「ぼくの名前、わかんないんだよね?」 口を挟もうとしたところに、言葉を重ねられた。サキがうなずくと、彼は『ヒロム』と名乗った。 「サキくんのロッカーはここ」 ロッカーは両壁に八個ずつあり、そのうちの入口に一番近い手前の扉をトントンと叩いた。サキがロッカーを開けてみると、鍵は掛かっていなかった。ハンガーに白いシャツがぶら下がっている。 「これに着替えて。下はそのままでいいから」 サキは気が遠くなりそうになった。本気で店に出そうとしている。 「いや、でも……」 「フォローするから」 ヒロムは有無を言わさぬ口調で言いながら、さらに続けた。 「大丈夫だよ。お客さんと飲んで話を聞いてればいいだけだから」 「そうそう。酒はおれらが作るし。泉は適当に笑っとけばいい」 美形の二人から説得され、心底困った。どうしてそこまでと思ったが、もしかしたら、あの新田とかいう乱暴な男に逆らいたくないのかもしれない。彼らも立場の弱い従業員だ。ならば仕方ない。 サキは心を決めた。

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