15 / 79

第15話『魂の違い』

繁華街の喧騒の中を、サキは肩を怒らせて歩いていた。 電車に乗って携帯を見ると、時刻は十一時前だった。興奮してしまったので、落ち着こうと何度も深呼吸をした。 レイに送ったチャットを開くと、既読にはなっていたが返信はなかった。 携帯をズボンの後ろポケットにしまい、顔を上げた。暗い窓ガラスに自分の顔が映る。整った造形が台無しなくらい目つきが悪く、眉間に縦皺が入っていた。 まったく、なんてバイトをしてんだ、と元の魂に文句を垂れたくなった。 店員である新田が手引きしたということは、店長も承知の上だ。個室という場所はヤリ部屋だ。そういうサービスを提供する店なのだろう。合法か違法かはわからないが、元の魂はよくても、自分はダメだった。 ヒロムも知っていたのなら教えてくれればいいのに、と思ったがそこまで教える義理もない関係なのだろう。 サキは長いため息を吐いた。 そこでふと、大河内の言葉が甦った。サキはカウンターから出ないと言っていた。 もしかすると、元の魂も身の危険を避けながら、あの店でバイトをしていたのかもしれない。 (うまくやってたってことか) サキは中を仰いだ。電車の天井は白く丸みを帯びている。駅のホームに電車が入ると、音もなく止まり、揺れもない。 在来線なのに新幹線のような乗り心地だ。普段の自分なら感動していただろうが、その気力はなかった。 電車を降り、とぼとぼと疲れた身体を引きずって歩いた。 マンションまで戻り、五階を見上げると明かりがついていた。レイが帰っているようだ。なぜかホッとした。 スペアでもらっていた鍵を使い、玄関を開ける。リビングに入るとレイはソファーに座って携帯を見ていた。 「ただいま」 声を掛けたが返事はなく、レイは顔すら上げなかった。手元に目を落としたままだ サキは気にせず、キッチンで水を一杯飲み、シャワーを浴びに脱衣所に入った。 服を脱ごうとして、着替えずに帰ってきたことに気づく。大河内に一番上のボタンを外されたままで、胃がむかむかした。 そういえば、あの店はゲイバーだったのだろうか。客も従業員も、男しかいなかったことに思い至った。しかし、そんなことはもうどうでもいい。置いてきてしまった自分の服も、取りに行く気はなかった。 サキはシャワーを浴びながら、色白の肌を乱暴に擦った。 大河内に触られたところは念入りに洗った。鼻息が首筋にかかったときの不快感がまだ残っている。とにかく洗い流したかった。 風呂から上がってみると、レイは変わらずソファーで携帯をいじっていた。サキは、つかつかと歩み寄り、隣にどかっと座る。レイは不愉快そうに顔をしかめた。 「ソフィアって店、どんな店か知ってた?」 レイは表情を変えず、冷めた声でぼそりと答えた。 「……まあ」 なるほど、と思った。レイの機嫌が悪いように見えたのは、バイトの内容を知っていたからかもしれない。二人が付き合っていたときから、元の魂がこのバイトをしていたのなら、レイが面白くないのは当然だろう。 サキは天井を見ながら言った。 「辞めてきた」 するとレイは一瞬止まり、サキに顔を向けた。 「辞めた? ソフィアを?」 「うん。おれには向かないから」 レイは怪訝そうにした。 「割りのいいバイトで、性に合ってるから辞めないって言ってたじゃないか」 サキは苦笑した。元の魂はそうなのかもしれない。 「でも、もう辞めてきたから」 呆気にとられたようなレイの表情に、サキは口端を上げた。 「新しいバイト、探さなきゃ」 サキは両膝を打って立ち上がった。 「疲れたから、もう寝るよ」 レイは何も言わず、サキの動きを目で追っていた。 「あ、そうだ」 思い出したように振り返る。 「今日いろいろ教えてくれて、ありがとな。電車もスムーズに乗れたし。助かったよ」 そう言って笑いかけたが、レイはやはり何も言わなかった。

ともだちにシェアしよう!