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第28話『二人の過去』
レイは目を伏せながら言葉を紡いだ。
「サキとは去年、同じ講義を取ったことで知り合ったんだ。サキが告白してくれて、おれもサキが気になってたから、付き合うことにした。付き合ってみたらサキは可愛くて、おれをサキのことが好きになってた。でも、サキがどんなバイトをしてたのか知る機会があって」
レイは一度言葉を切り、唇を湿らせた。
「ソフィアは……あの店はオメガバーといって、オメガ好きのアルファ専用の店なんだ。しかも男のオメガだけっていうけっこう特殊な店なんだ。
二か月前に久我からあの店に誘われたんだ。ああ、久我とおれは高等部で同じクラスだったんだ。それで、断ったけど、サキが働いてるって聞いて、どんなところか気になって付いて行ったんだ。
……店に入ったとき、サキはいなかったけど、いつのまにかカウンターに入ってた。あのときはおれがいるって気づいてなかった。
久我はソフィアの上客らしくて、上の部屋でオメガとヤれる店だって言いながら、おれを置いて行ってしまった」
サキは眉根を寄せて、じっと聞いていた。レイはサキから視線を外して話を続けた。
「そのあとサキは店員に連れられて、店の奥に行ってた。それから……しばらくしても二人とも戻ってこなかったから、先に帰った。
サキが帰ってくるのを家で待つことにしたんだ。明け方帰ってきたサキからは、久我の匂いがした。問い詰めたら、サキは真っ青になって否定したけど、おれが店にいたことを言ったら、久我と寝たことを認めたんだ。
おれは別れようって言った。でも、サキは嫌だと言って、家から出て行こうとしなかった。サキは明け方近くまでバイトしてたから、全然話ができなかった。
その一週間後だよ。たまたまサキと道で会ったから、早く出て行って、と言ったら、サキは絶対別れないと言ったんだ。だったらなんで久我と寝たんだって言ったら、生粋のアルファだから断れなかったって言った。
結局、サキにとっておれは都合の良いアルファだったんだ。おれは頭に来て、腕にすがってきたサキを思いっきり振り払った。頭に血が上ってて、体格差のことなんて考えられなくて。そこでサキは壁にぶつかった」
ぽつぽつとレイは語り、テーブルの上の汚れた食器を見つめた。
チッチッと掛け時計の針の音がやけに大きく聞こえる。リビングが静まり返った中、サキは大きく息を吸った。
「ありがとう、話してくれて。おれに……本人にこんな話するの、嫌だったろ」
顔を上げると、サキの目と鼻が赤くなっていた。
「ごめんな、レイ」
サキは唇を震わせていた。
「覚えてないのに謝るのもおかしいけど、でも、ごめん」
サキはテーブルに置いた手をギュッと丸めた。
レイはこの話をしたことを後悔した。今のサキは、以前のサキとは違う。
きっと、ずっと、記憶が戻るまで、レイを裏切ったことに負い目を持つのだろう。サキの傷ついた目を見るまで、そのことに思い至らなかった。
レイはサキから顔を背け、食器を重ねなた。
「もう終わったことだから」
今度こそ立ち上がり、油のついた皿をシンクに下ろすと、サキも残りの食器を持って来て、黙って洗い始めた。レイは浴室に行き、浴槽に勢いよく湯を出した。
今日は肩まで湯舟に浸かりたい気分だった。
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