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第36話『第二性別』
砂浜を歩んでいると、ユタカは横目でサキを見た。
「アミに何か言われた?」
サキは軽く目を見張り、苦笑した。
「オメガかどうか、訊かれました」
ユタカは、はあっと息を吐いて空を仰いだ。
「最も気になるけど、最も訊きにくいことを、あの子は……。ごめんな、泉くん」
まるで兄のような口ぶりだった。面倒見のいい性格なのかもしれない。
「かまいませんよ。アミちゃんも何か考えがあって訊いたようだし」
ユタカは首筋を撫でた。
「フェアじゃないから言っとくよ。アミはオメガだよ。おれはベータだけど。ダイチもオメガ。ユウコちゃんのことは知らない」
ダイチというのは、ユタカが連れて来た十八歳の専門学校生で、ユウコはアミの連れだ。
「フェアとか、そんな。気にしてませんから大丈夫ですよ」
サキが言うと、ユタカは困ったように笑った。
「いや、実はおれも、アミのこと言えた義理じゃないんだ」
「?」
「まさか、レイがオメガの友人を連れて来ると思ってなくて」
「どういうことですか?」
海の家が近づいてくると、ユタカは歩調を緩めた。
「レイはアルファの友達を連れて来ると思っていたから」
サキはわずかに眉を寄せた。
「おれはダイチにアルファの知り合いを作ってあげたくてさ。ダイチはアルファの知り合いがいないから……。その、オメガはいろいろと大変だろ」
ユタカは足元に視線を落とした。
サキはオメガの〈ヒートの過ごし方〉を頭に浮かべながら、ユタカの次の言葉を待った。
「だから、自然な感じでアルファと知り合えたらなって。その相手は、本音をいうと、レイも含めてた」
ふたりのすぐ傍を、かき氷を持った子どもたちが駆けて行く。海の家は賑わっていた。
「今回の旅行を言い出したのは、ユタカさん?」
サキが訊くと、ユタカは首を振った。
「いや、アミだよ。みんなで遊びに行きたいって言い出して。おれもちょうどいいと思ってさ」
ユタカは歩みを止めた。
「おれもサキくんを見て、君はオメガかもしれないと思ってた。今、そうだって聞いて、これはダメかなって」
サキは首を傾げた。
「なにがダメなんですか?」
ユタカは、だってそうだろ、と続けた。
「アルファがオメガを連れて来るなんて、そういう相手だって言ってるようなもんだから」
サキは驚いた。
「そうなんですか⁉」
ユタカはサキの反応を珍しそうに見た。
「まあ、一般的にはね。恋人がオメガだって隠すやつはいるよ。特にアルファはプライドが高いから、オメガの色香にかどわかされたって思われたくないみたいだよ。それにアルファはアルファ同士でつるみたがるから。あ、もちろんそんなアルファばかりじゃないけどね」
ユタカの説明にサキは納得した。アミがなぜ、あんなことを訊いてきたのかがわかった。
でも、とサキは思った。
「レイはオメガが恋人でも、隠したりするような奴じゃないと思いますよ。それにおれは、ただの友達ですから」
サキがきっぱり言うと、ユタカはうなずいた。
「たしかにレイはオメガに対して偏見を持ってないかもな。むしろちょっと優し過ぎるところがあるかも」
アルファにしては珍しい、とユタカは独り言のようにつぶやいた。
サキは自分が知っている横柄なアルファのことが頭に浮かんだ。胸糞悪い気分になり、思わず顔をしかめる。ユタカはサキが気を悪くしたと思ったのか、焦ったように言った。
「ごめん。初対面なのに、こんな話しして」
「あ、気にしないでください。ユタカさんこそ律儀に話してくれて、ありがとうございます」
サキが微笑むと、ユタカは照れたように頭をかいた。
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