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第35話『海水浴』

真夏の炎天下、浜辺に打ち寄せる波の音と人々の笑い声が混ざり合っている。白いビーチパラソルに椅子とテーブルが用意された砂浜で、誰もが大いにはしゃいでいた。   サキは日陰になった椅子に座り、ひとり休憩していた。   灼熱の陽射しを浴びながら海で泳いでいたら、疲れを感じた。無理をせず先に上がり、仲間たちが浮き輪で遊んでいるのを眺める。レイも楽しそうで、笑顔が絶えなかった。 しばらくぼんやりしていると、一緒に来た女の子のひとりが海から上がった。まっすぐこちらにやって来る。 小麦色の肌に、大きな瞳が愛らしい。長い髪をお団子にまとめており、後れ毛が色っぽかった。彼女の名前は『アミ』といった。レイのバイト仲間の女の子だ。 「サキくんはもう泳がないの?」 水滴をしたたらせた体から、涼風を感じた。 「いや。そろそろ海に入ろうかなって、思ってたとこ」 「それならいいんだ。海、苦手なのかと思った」   アミはにこりと笑うと、サキの隣の椅子に座った。うつむき、唇を巻いた彼女は、何か言いたそうだった。 「どうかした?」   サキが訊くと、アミは拳を作った手を、もう片方の手で包んだ。 「あのね。サキくんに訊きたいことがあって」 「なに?」   アミは伏せていた顔を上げた。 「サキくんはレイくんと、本当はどういう関係なの?」   アミの可憐な瞳がサキを射貫くように見つめてきた。サキはその目を見返して、言った。 「本当はって、どういう意味?」 「大学の同級生……なんだよね?」 それぞれが連れて来た友人を紹介しあったのは、つい数時間前のことだ。 「そうだよ」   サキが答えると、アミはためらうように、口を開いた。 「でも、サキくんはオメガだよね?」 「…………」 「あ、違ってたら、ごめんね!」 サキが黙ったので、アミは慌てたように手を振った。   近くを通った男二人が彼女を目にし、にやけながら歩いて行った。白いフリルのついたビキニ姿は男の目を楽しませている。 サキは感情のこもらない声で言った。 「うん。オメガだよ。それがなんか関係あるの?」   逆に訊き返すと、アミは顔を曇らせた。 「えっと……だから……本当は、付き合ってるのかなって思って」 サキは小さく息を吐いた。 「レイとは友達だよ。嘘じゃない」   サキが真顔で答えると、アミは、 「ごめんね、変なこと訊いて」   とホッとした表情をした。それでわかってしまった。 (この子……レイのことが好きなのか)   小波の音が耳の奥に届いた。 アミが気まずそうに笑顔を作ったとき、人影が視界に入った。サキが一緒に来た四人も海から上がってきたのだ。一番後ろを歩いて来たレイと目が合った。 「おれらも休憩。なんか飲み物、買ってくるけど」   そう言った男は、今回の旅行仲間の中で最年長、大学四年生の『川上ユタカ』だ。   ユタカは中肉中背で平々凡々な顔をしていた。 「あ、おれも行きます」 サキが名乗りを上げると、ユタカはにこっとした。 「じゃ、お願い」   レイが「おれも行きましょうか」と言ったが、ユタカは二人で大丈夫だと断った。飲み物のリクエストを聞き、サキはユタカと海の家に向かった。

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