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第39話『謀略』
その顔を見たとき、サキは舌打ちしそうになった。名門久我家の生粋のアルファ、久我アラタだった。久我はサキを見ると、訳知り顔で言った。
「ヒロムを探してるんだろう?」
「…………」
「ここで待ち合わせているのは知っている」
久我のにやけた表情にいら立ちが募る。
「まあ、座れよ」
「誰が座るか」
サキの拒否など意に介さず、久我は間延びした声で言った。
「ヒロムは可愛げのあるオメガでさあ。おれの願いはなんでも聞くし、今夜ここにおまえが泊まることも、あいつが調べてきた」
久我の言葉にサキの頭がすうっと冷えた。
ヒロムはサキがソフィアを辞めて四ヵ月もしてから会いにきた。あの日の会話に妙な違和感を覚えたことを思い出す。
サキに服を返すというのは口実で、その実、サキの動向を探っていたということか。
店内に流れているジャズの音量がわずかに上がった気がした。
「なんでおれに絡むんだよ」
サキは声を低めた。
久我はふっと鼻で笑うと、ロックグラスを口にした。まだ二十代前半の学生だというのに、妙に様になっている。久我は忍び笑いするかのように言った。
「おまえ、霧島とは別れてたんだな」
「…………」
「別れた原因は俺か?」
サキが睨むと、久我は眉を上げ、声を立てた。
「やっぱりな! あいつはそういう裏切りを許さないと思ったんだ!」
腹を抱えて笑い出した久我に、サキは怒りで両腕が震えた。
「あんた、何がしたいんだ」
押し殺した声で言うと、久我はぴたっと笑いを止めた。口端を上げ、サキを見る。
「なにがしたいかって? おれは霧島の悔しがる顔が見たいだけだ」
サキは目を見開いた。
「あいつが大事にしてる奴を寝取ってみたかったんだ」
その言葉にカッとなり、久我の胸倉をつかんだ。しかし久我は怯みもしなかった。座ったまま掴んだサキの手首を捻るように握られた。
「あいつとはいろいろあってな。おまえが霧島と付き合っていたからヤッただけだ」
レイと元の魂を別れさせるためだけに、この身体を抱いたのかと思ったら、はらわたが煮えくり返りそうだった。掴んだ服に力を込めると、久我も手に力を入れた。
その握力は思った以上に強く、サキは顔を歪めた。
物々しい雰囲気に、見かねた店員が近寄ってきた。
サキは久我の服を離した。店で乱闘はまずいと思った。だが、久我はサキの手首を離さなかった。自分の方へ強く引き寄せた。小柄なサキは抗えず、たたらを踏んだ。
「ところでだが。ヒロムは今、どこにいると思う?」
サキの耳元に久我が口を寄せる。
「ヒロムにはさあ、こう言ってあるんだ。霧島と寝たら、俺の番にしてやろうかって」
「!」
「そしたら、あいつ、うれしそうにうなずいたんだよ」
サキは息が止まった。ねっとりとした声で、久我は囁いた。
「発情したオメガを前に、霧島は襲わずにいられるかな?」
次の瞬間、サキは久我の腕を振り払い、店を飛び出した。
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