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第41話『発情誘発剤』
サキだろうか。いや、サキは鍵を持って出ていった。それなら、ユタカさんか誰かかもしれない。レイはドアに近づいた。再び、コンコン、と叩かれた。
「はい?」
返事をするとドアの向こう側から、
「霧島さんですか?」
と知らない男の声がした。レイは眉を潜め、のぞき穴を見ると、細面の整った顔をした男がいた。目元にホクロがある。どこかで見たことがある気がした。
「すみません、ぼくはサキくんの知り合いなんですけど、今、サキくんと偶然会って、霧島さんを呼んで来てほしいと言われて来たんです」
え、と思い、レイはドアを開けた。彼はサキと同じくらいの身長だった。
「急にすみません。ぼくはソフィアで働いてるヒロムといいます」
そこでレイは思い出した。
久我に付いて行ったあの日、店のカウンターにいたうちのひとりだ。
改めて彼を見ると、首に茶色のネックガードをしていた。一見、首輪をつけているように見えるが、これはアルファにうなじを噛まれて番にされないようにするための防具だ。
これを付けて歩くオメガは実は少ない。なぜなら、自分がオメガだと宣伝して回るようなものだからだ。ネックガードを付けるのは、番にされたら困る可能性があるときだ。
ヒロムは妙に色気のある顔で言った。
「久我アラタさんをご存知ですよね」
レイはどきっとした。嫌な予感がした。ドアを手前に大きく引き、身体で止める。
「久我がどうしたんですか。いえ、それよりサキがおれを呼んでるって、どういうことですか?」
ヒロムは眉をぐっと寄せた。
「ぼくは久我さんと泊まりに来たんですけど、久我さんがサキくんを見つけて、部屋に呼び出したんです。ぼくは追い出されてしまって。そのとき、サキくんが霧島さんを呼んで来てって、こっそりぼくに言ったんです」
レイの背筋が凍る。
「部屋は⁉」
レイは声を荒げた。
飲み物を買いに行くと言っていたが、久我に呼び出されて行ったのなら、なぜひとりで行ったんだ、と責めたくなった。
飛び出ようとしたとき、ヒロムが通せんぼするように行く手を阻んだ。
「待って! 抑制剤は持ってますか? 持っていたら、打ってから行った方がいい」
レイは瞠目した。
それはサキが襲われている可能性があることを示唆していた。
高等部時代の苦い記憶が甦り、ぎりっと唇を噛んだ。
(あいつ! またか‼)
レイは急ぎ、部屋の中に戻った。サキはネックガードをしていない。
床に置いていたバッグから注射器と抑制剤が入ったケースを乱暴に取り出した。
(早くしないと、サキが……っ)
レイは焦りながら、注射器に製剤を取り付けようとしたときだった。
いつのまにか部屋に入ってきたヒロムが、いきなりレイのむき出しの上腕に何かを刺した。
両手がふさがっていたため、反応が遅れた。驚いて半身を捻ったが、抑制剤を持っていた手を弾かれ、注射器が床に落ちた。その注射器をヒロムは踏みつぶした。
「な……っ」
瞬間、レイの心臓がどくっと大きな音を立てた。徐々に鼓動が速くなり、心臓の音が耳元で聞こえる。レイは胸の前で掌を握って、自分の心音を聞いていた。
身体がカッと熱くなり、下半身脈打ち始めた。胸を押さえたレイに、ヒロムの声がこだまする。
「今、きみに打ったのは、アルファの発情誘発剤だよ。そして、こっちは」
ゆっくり顔を上げたレイに、ヒロムは自分の服を捲り上げた。
「オメガの発情誘発剤だ」
氷のような微笑を浮かべて、ヒロムは自らの腹に注射器を打ち立てた。
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