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第58話『やってはいけないこと』
立石は携帯に視線を送ったが、触りはせずにそのまま話を続けた。
「レイがアルファのクラスに移ってからは、特に久我の動きがわかったみたいで、よく止めに入ってたよ」
そこまで聞いて、サキは口を挟んだ。
「ちょっと待って。レイがアルファのクラスに移ったって、どういうことですか? レイはアルファですよね? 中等部からアルファのクラスじゃないんですか」
立石は、ああ、という顔をした。
「レイは高二の途中までオメガクラスだったから」
「え⁉」
サキは仰天した。
「レイはオメガだったんですか⁉」
すると深刻な顔をしていた立石の頬が緩んだ。
「んなわけないだろ。レイは元からアルファだったけど、中等部に入るときの〈第二性診断〉のときにオメガだって誤診断されただけだ。たまにあるらしい。フェロモン値が微妙で判断つきにくい奴が。実際、レイは身体も小さくて、オメガみたいにかわいかったから誰も疑わなかったっていうか。レイも自分はオメガだと信じてたし」
「それがなんでアルファだってわかったんですか?」
立石は思い出すように、視線を宙に向けて言った。
「高一の終わり頃から、急に身体がでかくなってきたんだよな。アルファは体格がいいだろ。けど一般的な話で、みんながそれに当てはまるわけじゃない。そこは誰も気にしてなかったんだけど。でも、高二になってクラスの誰かが、レイからアルファみたいな匂いがするって言った奴がいたんだ。レイもヒートが来なくて、なんかおかしいって思ってたみたいで、再診してみたら、アルファだった」
「ええ……」
サキが目を丸くしたのを見て、立石が片頬を上げて笑った。
「ありえねえって思うだろ。でも、ほんとだ」
「はあ……」
サキはコーヒーをすすった。立石もひとくち飲み、また神妙な顔に戻った。
「そんなんだから、レイはオメガのことがよくわかってる。オメガの性教育を一緒に受けてたし、性衝動に悩んでる仲間の話を聞いてきたからさ。だから、余計に久我が許せなかったんだと思う」
立石はコーヒーカップに視線を落とした。
「おれも久我に狙われたことがあって、レイに助けてもらったんだ」
サキはなんとも言えない気持ちになった。
BGMが一曲終わり、束の間、店内から音が消えた。次の曲が始まると立石も話しを続けた。
「そのあと、レイは学校に久我の行いを告発したんだ。でも、もみ消された」
サキは眉根を寄せた。『政治とカネ』という言葉が頭に浮かんだ。
「しかもその件は暴力沙汰を起こしたってことで、レイが謹慎処分を受けたんだ」
「なんで⁉」
思わぬ展開に声が大きくなり、マスターがこちらを見た。サキは肩を縮めると、立石は哀しげな表情を浮かべていた。
「おれを助けてくれたとき、レイが久我に掴みかかったところを、アルファクラスの奴らに見られてた。レイが暴力振るってるって、大騒ぎしたんだ。レイは一発だって殴っちゃいないよ。おれもそれは学校に言ったんだけど」
久我家の力なんだろうな、と立石はつぶやいた。サキは開いた口が塞がらなかった。
「そのあとも、レイは生粋のアルファに盾突いたってことで、アルファからは裏切り者のように扱われて、クラスじゃ孤立してた」
サキは教室でひとりぽつんとしているレイを想像し、胸が締めつけられた。
「でもそのことがあってから、久我は学園内でオメガに手を出さなくなったんだよな。レイのおかげだと思う」
立石の表情がわずかに緩む。しかし、すぐに真顔になった。
「これでレイと久我の因縁ってやつ? はわかっただろ」
立石は瞳に怒りを浮かべ、サキを見た。
「おまえは、ヤッちゃいけない奴とヤッたんだよ」
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