59 / 79

第59話『サキの罪悪感』

店内にはBGMが流れているというのに、静まり返ったようだった。   サキは冷水を浴びせられたかのように固まっていた。立石は携帯を持ち上げた。先ほど来ていた通知を見ているのだろう。目を通すとテーブルに置いた。 「どういうつもりでレイと暮らしてんのかわかんないけど。これ以上、レイに関わらないでくれないか」   サキは目だけを立石に向けた。 「記憶喪失だかなんだか知んねえけど、おまえは気楽でいいよな。忘れてんだから」   立石の視線が刺さる。 「でもレイは違うんだからな。そこんとこ、わかっとけよ」   立石はそう言って、コーヒーに口をつけた。   サキは染められた金髪を見ながら両手の拳を握った。胸が罪悪感で痛む。   そのとき、カラン、と扉の鈴が鳴った。と、同時に狭い店内に声が響いた。 「ハルキ!」   サキは雷に打たれたように顔を上げた。入口を見ると、慌てた顔をしたレイと目が合った。 レイは大股で歩いてやって来ると、冷たい外気をまとったまま立石を見下ろした。 「ハルキ、なにやってんの」 立石は座ったまま、レイを見上げた。 「久しぶりに会ったのに、なに怒ってんだよ」 「サキに余計なこと言わないでって、チャットしたでしょ」 「余計なことなんて言ってねえよ」 「じゃあ、なんでサキがつらそうな顔してんの」   サキはハッとした。顔に出ていたことに、しまったと思った。 レイは睨むように立石を見ている。立石はテーブルをトントンと指で小突いた。 「座れば」   立石が言うと、レイは彼の横の椅子をひいた。マスターが水とメニューを持ってきた。   レイは注文をせずに、立石に体を向けた。 「なんの話をしたの」   問い詰めるような口調のレイに、立石は頬杖をついて、曇りガラスを見た。 答えるつもりはないらしいことがわかると、レイはサキに向き直った。 「サキ?」   サキはテーブルに目を落とした。考える素振りを見せてから口を開いた。 「レイが、昔は小さくてかわいかったって話」 「は⁉」   レイが間抜けた声を出した。立石が、ふっと鼻から息を出して笑った。 「おれさ、レイに話しがあるんだ」   立石がこちらを見たので、サキは伝票を持って立ち上がった。 「おれは帰るよ。スーパーに行く途中だったんだ」   二人がサキを見上げた。 「立石さん。どうもありがとう」   レイが何か言いたげな顔をしたが、サキは構わずにレジに向かった。マスターが会計をしようとしたところで、小声で言った。 「いま来た人にコーヒーを出してもらえますか。お会計は一緒で」   たぶん長くなるだろう。マスターは、かしこまりました、と微笑を浮かべた。   店を出ると辺りは薄暗くなっていた。初冬の風に身を縮こまらせながら、サキは駅前に向かって歩いていった。

ともだちにシェアしよう!