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第69話『ネックガード』
サキは早々に食べ上げてしまったので、携帯を触っていると、レイが口を開いた。
「試験終わったらさ、おれの家で鍋でもしない?」
「鍋? いいね!」
この一か月、夜はひとりで味気ない食事をしていた。
ハウスキーパーの作る料理はどれも美味しかったが、誰かと食べる夕飯の方がいい。
サキは一も二もなく、うなずいた。
レイは顔を綻ばせると、続けて言った。
「それ、ちゃんと付けてくれてるんだ」
サキはレイの視線の先にある自らの首を触った。
「ん……」
首に付けた黒いネックガードに指をかける。アルファにうなじを噛まれ、番にされないようにするための防止策だ。
このネックガードはレイの家を出る時に渡されたものだった。
「おれの母親は専門学生のとき、学校内でヒートを起こして、偶然近くにいたアルファの父さんにうなじを噛まれて番にされたんだ」
と、いきなりとんでもない話をされた。
レイが言うには、そのとき母親(男性オメガ!)には別にアルファの恋人がいて、父親に番にされたことで別れたという。
二十年以上前の話だが、当時はアルファが飲むべきフェロモン抑制剤も義務ではなく、オメガのヒート抑制剤も今ほど効きの良いものではなかった。
そのため、不幸な事故は多かったらしい。
レイが前に言っていた、「相手のオメガに好きな人がいたら最悪だ」というのは、両親の話だったのかと思った。
「父さんは土下座して母さんに謝って、一生大切にするって約束したらしい。母さんも父さんのこと好きになったから結婚したって言ってるけど、もし、番になってなかったら、母さんは別の人と幸せになってたのかもしれない」
レイは遠い目をしていた。
「お父さんのこと、嫌いなのか?」
サキが問うと、レイは苦笑した。
「いや。母さんは父さんにベタ惚れだから。恥ずかしいくらい仲が良いんだ」
レイは両親が結婚してから生まれたという。
意に沿わぬ妊娠だったわけではないことを知り、サキは良かったと思った。
レイは両親のなれそめを聞き、自分は過ちを起こさないようにしたいと言った。
「おれの親みたいにうまくいくケースばかりじゃない」
レイは笑顔を消した。
「サキはまだ危機感が足りない。だからヒートの前にはこれを付けてて」
サキはテーブルに置かれたネックガードを見つめた。
犬の首輪みたいだなと思ったのが顔に出たらしい。レイは「お願いだから」と懇願するように言ったのが頭に残っていた。
ざわついている食堂でサキはネックガードから指を離した。
「オメガだってバレバレだけど、レイが心配するからさ」
本心を言えば、レイからのプレゼントに悪い気はしない。
不貞腐れた態度を装ってみたが、レイはうれしそうに笑っていた。
その笑顔が眩しくて、サキはトクトク鳴る心音を隠すように頬杖をついた。
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