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【週末の花火大会、うちにこない?】
(既読)
【行く】
仁郎からはすぐに返事がきた。
真宵山神社の社務所の椅子に座り、俺はスマホのトークアプリを操作して友人である犬神仁郎にメッセージを送信していた。
昼過ぎの境内はそれなりに騒がしく、拝殿で手を合わせる人の他にも、散歩中らしき近所の人の姿が見受けられる。
日陰の長椅子に座って休憩を取っているお年寄りや、虫取り網を担いで熱気の中を元気に走り回っている夏休みの小学生、境内の一角に飾られた風鈴の道を歩く親子連れなど様々だ。
社務所にもお詣りを済ませた参拝者が御朱印や御守りの授与に訪れ、俺は応対に追われる傍ら、空いた時間をみつけて仁郎とメッセージのやり取りをしているのだった。
すぐの返事は期待していなかった。だけど仁郎はマメにスマホをチェックしている方だから早めに既読がつくだろうな。と思っていると三分と経たないうちに既読。そして返信。
駄菓子屋のカウンターで呑気にスマホを触っている仁郎の姿が目に浮かんできて、思わずふふっと笑みが溢れる。あいつ暇なのかな。
【浴衣でこいよ】
素早く画面をタップして送信すると、今度はややあって返事がきた。
【浴衣、持ってないよ】
それもそうだ。こういった夏の行事に一緒に出かける時は、俺も仁郎もいつも普段着だ。
温泉旅行ってわけでもないし、この年齢になって男同士、浴衣で外出することなんてそうそうない。まさか普段から部屋着に使っているなんてこともないだろうし……。
だからこそ今年は浴衣で一緒に過ごしたいという思惑が俺にはあった。
【貸してやるよ。実は2着ぐらい持ってる】
【本気で言ってる?】
シュポッという音が響き、間髪入れずにメッセージが上がった。すぐに俺もそれに応じる。
【真面目で本気。俺も浴衣を着るからさ】続ける。【仁郎の浴衣姿、見せてよ】
既読。だがこれには返事に少し間があった。
ああ、これは乗ってこない方向か……諦めの気持ちが過ぎるが、まだそうと決まったわけじゃない。
望みを捨てずに、ホワイトボードの予定表を確認しながら待っていると、スマホが振動して通知音が響く。
【いいよ。当日行く前に連絡する】
よし。画面に指を走らせながら思わず口角が上がる。
【靴は貸せないから、適当にいい感じのサンダルでおいでよ。待ってる】
【了】という木綿の妖怪のスタンプが返ってきたのを見届けて、スマホを机に置いた。
ふと併設の授与所に顔を向けると、窓口の硝子越しに麦わら帽子を被った高齢の女性が歩いてくるのが見えた。近所に住む林田さんだ。
俺が窓を開けると林田さんは首に巻いたタオルで額の汗をぬぐいながら、皺くちゃの顔をニコニコとさせて話しかけてきた。
「あらあら、若宮司さん今日は嬉しそうね」
「お暑い中ご苦労様です。嬉しそうだなんて……顔に出てましたか?」
「ええ、とっても。彼女さんとデートのお約束でもしていたのかしら?」
さっきの様子を見られていたかもしれない。
しまったなと、照れ笑いで誤魔化す。おばさま方の視線は中々に手強い。
「まさか、男友達ですよ。今度の花火大会で遊ぶ約束をしてたんです」
柔らかい口調で返すと、林田さんはつぶらな瞳を丸めてあらあらあらと口元に手を当てる。
「あらお友達と?いいことねぇ」
友達とは言ったものの、仁郎とはそれ以上の関係で、大切な存在だ。
仁郎とは小学生の頃に仲良くなって以来、中学、高校から現在まで20年近い付き合いがある。
一時的に別々の道を歩んだこともあったが、大学の過程を終えこの町に戻ってから、再びこうして繋がりを持ち、時々同じ時間を過ごしていた。
幼馴染みであり親友であり、兄弟のような相手……そんな相手に俺はずっと恋をしている。
「社務所で冷たいお茶でも飲んでいきませんか?」
「いいえ、お気遣いなく。若宮司さんのお顔が見えたから寄ってみただけだから。花火楽しんでいらっしゃいね」
そう言って林田さんはその場を離れる。
「ありがとうございます。道中お気をつけてお帰り下さい」
小さな歩幅で遠ざかる背中に声をかけると、林田さんは振り返って手を振っていた。
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