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 花火大会の日。  夕方のルーティンを終え、境内にある自宅に戻った俺はシャワーで軽く汗を流して縁側で涼んでいた。  仁郎が到着してから着替えるつもりで、今の格好はTシャツにジャージのズボンと大雑把なものだ。  母が手入れをしている庭では、ジニアや千日紅が青々とした葉の脇から茎を伸ばし、白やピンクや紫の花を咲かせている。その脇でネットに蔓を巻いた朝顔が、一日の寿命を終え次の蕾をつけていた。  仁郎からはちょっと前に連絡があった。【今から行く】という井戸の妖怪のスタンプが送られてきたから、そろそろ来るんじゃないかな。  陶器の豚から吐き出される蚊取り線香の煙が、ゆらゆらと夕暮れの澄んだ空に昇っていく。  欠伸をひとつ。暇つぶしにゲームのアプリでも開こうかとスマホに手を伸ばしたところで玄関の方が急に騒がしくなった。 「仁郎くんいらっしゃい」  姉の声だ。普段は県外住みだが夏の間だけ子供を連れて帰省している。 「こんばんは。わあ、丁一のお姉さんお子さん産まれたんですね」 「ええ、一歳三カ月になる男の子なんだ。私に似てワンパクだから、手を焼いてもう大変」 「かわいいなぁ」 「丁一なら庭の方にいるよ」 「ありがと」  仁郎が到着したらしい。  二人の会話が途切れ、砂利を踏む音がする。  玄関から庭側へ回り込んでくる気配に視線をやると家の角から仁郎が姿を見せた。 「やあ、丁一」 「仁郎」  仁郎はオレンジレンズのレトロな丸眼鏡をかけて、ワイシャツに黒いズボンといういつも通りの格好だった。  足元は言われた通りにサンダル履きだ。筋がくっきりした足首に少しそそられる。 「上がって。浴衣は俺の部屋に用意してあるから。仁郎、今日は泊まってくだろ?」 「そのつもり。でも丁一、明日も早いんでしょ?」  俺は履いていた靴を脱いで縁側からそのまま室内に上がる。お邪魔します、と控えめだがよく通る声が聞こえ、仁郎も俺の後に続いた。 「それ。俺は朝のご奉仕があるから早めに出るけど、仁郎は寝てていいからね。朝食の時間にはいったん家に戻ってくるよ」 「分かった。僕も明日はお店を開けなきゃなんないから、あんまりゆっくりできないよ」 「朝食、食べたら一緒に家を出ようか」  二人で明日の予定を話し合いながら、渡り廊下を通って自室に向かう。  家は社務所と繋がっている母家と、隣接して建てられた離れの二箇所が存在していて、現在俺の住まいは離れの方にあった。元々祖母が一人で使っていたのだが、祖母が亡くなって物置化していたものを継承したのだ。

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