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 渡り廊下を抜けてキッチンに入り、ダイニングの横にあるドアを開く。  母家は如何にもな古民家なのに対して、離れは現代的でシンプルな内装だ。  ほとんどの部屋は祖母が使っていた家具をそのまま使用しているが、裏庭に面した俺の部屋だけはダークブラウンの床に合わせて、同系統の色合いで調和が取れるように家具を揃えている。部屋は大人二人でも快適に過ごせそうな広さがあった。 「これ、仁郎に似合うと思うんだよ」  自室に戻った俺は、ベッド上に置いてあった二着の浴衣の内、片方を仁郎に渡した。  前もって別部屋にあるクローゼットから引っ張り出しておいたものだ。 「ありがとう。浴衣なんて子供の頃以来だよ」  浴衣を広げてへにゃりと笑う仁郎が愛おしい。  色はいわゆる納戸色というやつで、渋みのある碧に加えて右半分に白の縞模様が入っている。まるで山間の滝壺のように深みのある色彩で、素朴で落ち着いた雰囲気の仁郎によく似合うと思った。 「はい、腰紐と帯はこれ。俺も着替えるから」  黒に葉柄の入った帯と腰紐を手渡してから、自分も着ていたシャツを脱いでもう一着ある浴衣を手に取る。 「これ、下着つけててもいいんだよねぇ?」 「え、フルチンで着るつもり?俺はそれでもいいけど」 「下じゃなくて上の話」 「冗談だって。どっちでもいいけど、汗が気になるなら着ててもいいんじゃない」  二人でけらけらと笑い合う。  俺の隣でタンクトップにボクサーパンツ姿になっている仁郎を横目に、浴衣を羽織って衿を合わせた。  俺は慣れているから5分とかからず着替えることができたけど、仁郎は手間取っているようだった。帯を捻ったり折ったりして結び方に四苦八苦している。 「これ、どうやって結ぶの?」 「貸して」  仁郎から渡された帯を手に、俺は仁郎の背後に回った。  帯の片方を半分に折って背中で押さえ、脇を通して仁郎の腰に巻き付ける。  後ろから抱き寄せるようにして、臍側に回した帯を整えていると、耳に息が当たってくすぐったかったらしく、ぴくりと仁郎が肩をすくめた。  その反応に悪戯心が芽生えた俺は、今度はわざと仁郎の耳朶にふうっと息を吹きかける。 「っ……て、丁一。やめろってば」 「あはは、ごめん」  腕の中でぶるりと震える仁郎がかわいい。ずっとこうしていたい気持ちが湧き上がるが、最後に背後で帯を締めて結ぶと仁郎の体を離した。 「はい、できたよ」 「ありがとう」  そう言って、仁郎は襟足を撫でながら照れくさそうに振り返る。それから着替えの時に外してテーブルに置いたままだった眼鏡を掛け直し、俺の前に立った。 「どう?」  改めて仁郎の浴衣姿を見ると本当によく似合っている。  喉仏のあるしなやかな首筋に沿う衿。手首と骨張った手の甲を際立たせる広い袖口。背中から腰まですっと伸びたラインを、帯一本で引き締めた様が無茶苦茶色っぽい。  身長もそこまで変わりはないから少し丈が長いぐらいで上手く着こなしているし、何よりも俺が貸した服を着ているという事実が、仁郎が俺のものである証明のようで変に興奮する。 「めっちゃ似合ってる。えろ……カッコいいよ仁郎」 「丁一もやっぱ格好いいな。美人だし、和装が似合ってるよ」  俺の方はというと、淡い黄緑色と白のグラデーションに薄く木葉の柄があしらわれている見目にも涼しい色合いの浴衣だった。  全体的に風になびく柳のような風情があり、その清涼感が気に入っている。 「そうかな?ありがとう」  お互いに向かい合って褒め合う姿はまるで初々しいカップルそのもので。俺たちはどちらからともなく笑っていた。

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