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1軍幼なじみと恋をする③

 バタン、と部屋の扉が閉まる。靴を履いたまま玄関で、和真の強張る体を強く抱きしめた。 「和真……」 「おい、璃央……? どうしたんだよ、何かおかしいぞ。てか、ついてきてたってどういう……」 「我慢できなくて、ずっと見てた」  和真の「え!?」という素っ頓狂な声が耳もとで響く。 「入れなかったところもあったけど」 「あ、ああ……」  感情が渋滞して訳がわからなくて、想いを発散させるように和真を力いっぱい抱きしめた。もっと、強く。 「う……和真、好き……ムカつく……好き……オレのなのに……」 「ちょ、痛いって! なに!? とりあえず落ち着けよ!」  和真に押され、靴を脱いで部屋に入る。オレだって落ち着けるものなら落ち着きたい。深くため息をつきながら、ベッドに腰を下ろした。  見上げると、そばに立った和真が心配そうに眉を下げている。隣に来いと手まねきすると、居心地悪そうに座ってくれた。 「なあ、なんでそんな顔してんだよ。怒ってんのか泣きそうなのか、よくわかんねぇよ」 「オレだってわかんねぇ」 「どういうことだよ……えーと、俺のことで怒ってる……?」 「そうだけどそうじゃない」  顔を伏せたまま呟くと、和真の詰まるような息が聞こえた。 「……ごめん、怒らせて」 「なんで謝んだよ。そりゃ鈍感なお前にもムカつくよ、けどなあ、オレはお前のそういうところも好きなんだよ。だから謝んなくていい」  くそ。和真に謝らせて、心配させて、カッコ悪すぎだろ……ムカつく…… 「俺に話してどうにかなるなら、聞くけど……」  優しい声に、顔を上げる。  オレの言葉を待ってくれている。話がまとまらなくても、和真は昔からいつもオレの話を聞いてくれる。  オレは、和真のそんなところが…… 「……っ、話す、けど……オレのこと、嫌うなよ」 「うん。それは大丈夫」  和真は微笑んで頷く。和真が大丈夫だって言うなら……受け入れてもらえる。 「……今日、尾行してたのはごめん。尾行しながら、楽しそうにしてるお前を見てた。でも隣にいるのはオレじゃなくてムカついた。……距離が近い友達にもムカついて、そんな事思う器の小せぇ自分にもムカつくし……イライラしてんのに悲しいし虚しいし悔しいし、もうわかんねぇ……和真が好きで、どうしようもないんだよ……」  言いたいことをぶつけた。黙って聞いてくれていた和真の様子を、恐る恐る確認する。和真は、照れてるような気恥ずかしいような、何とも微妙な表情だった。 「り、璃央がそんなに嫉妬深いとは……」  返ってきた的外れな言葉に、ムッとする。 「そうだよ悪いかよ。余裕なんてねぇよ、この野郎、鈍感」 「なんでそこで口悪くなるんだか」  和真は笑う。こんな話をしたのに、引くどころか態度が同じだ。こんなオレでもいいのか。話したからか、ホッとしたからなのかわからないけど、胸の中のモヤモヤがなんだか消えていく。  すると突然、和真は「あっ!!」と声を上げて弾かれたように立ち上がり、リュックから緩衝材に包まれた箱を取り出した。あれは和真が誰かに買ってた酒だ。3種類の小さな日本酒瓶のセット。 「こ、これ買ったのも見てたのか!?」 「そこがオレのイラつきのピークだ。いったいどこの馬の骨に買ったんだよ。ムカつく」 「ええと……」  和真は気まずそうに目を逸らした。そんな言いにくい相手なのかよ。 「……り、璃央に」 「ん?」 「2日も璃央の家で世話になるのに、何も持ってこなかったから。酒なら飲むかなと……」  もそもそと言い訳しながら渡された箱を持って、オレは固まった。 「これ、オレに……?」 「うん。俺、酒に疎いから前に飲み行った時、お前が何飲んでたか覚えてなくて……飲めないやつなら、誰かにあげて」 「いや飲む。何でも飲む」 「ならよかった」  相手、オレだったんだ。 「オレ、自分に嫉妬してたのか……」 「俺にそんな相手いないの知ってるだろ」 「ふっ……はははっ、そりゃそーか」 「笑うなよ」  ほんとに自分がバカみたいで笑えてくる。完全に気が抜けてしまった。オレのために、あんな真剣に悩んで買ってくれたんだ。中身なんて何でも構わない。和真のその気持ちが、欲しかった。  酒をそっとテーブルに置いて、和真に抱きついた。 「すげえ嬉しい。ありがと……」 「そんな大げさにしなくてもいいって。喜んでもらえてよかったけど」  弱いところを見せたからか、慰めるように背中をポンポンと叩かれた。 「その……えっと、俺も、けっこう璃央のこと考えてるよ」  その声に顔を上げる。和真の頰は赤かった。  これは自惚れていいやつだ、と確信した。こいつは鈍感だ。ド直球ストレートを投げるしかない。和真の肩を掴む。 「和真、お前もうオレのこと好きだろ」 「す!?」 「好き」 「うぅ~~~~~~ん……?? そりゃ嫌いではないけど……」 「まだ迷うのかよ……ほらお前、ゲームとか漫画とか、好きなキャラいっぱいいるんだろ」 「うん」  聞いたもののムカつく。お前の好きがどんだけのキャラに向いてんだ。 「くそ……っ、そんでそいつらのこと、どんくらい考えてんだよ」 「四六時中」  ムカつく。オレにだけ寄越せ。 「それだけ考えるんならさぞかし好きなんでしょーね」 「好きに決まってんだろ。生きがいなんだから」 「じゃあ、オレのことは? どんだけの時間考えてた?」 「……」  和真は黙って考え込む。腕を組んだり頭を捻ったりするうちに、だんだんと顔が赤くなっていく。何かに気づいた和真は一瞬顔を上げ、目が合う。でもすぐに逸らされ、代わりにゆっくりと口を開いた。 「……えと、あの……けっこうどころじゃなく、いっぱい考えてた……わりと四六時中……」  心臓がバクバクと鳴った。  余裕なんか全くないけど、余裕があるように振る舞ってみせた。 「はは、それはもう答えだろ。言ってみ?」 「……っ、き……」 「ほら、でかい声で」  和真は深呼吸をして、真っ赤な顔でオレに向き合った。 「璃央が好きだ!!」 「……うん、オレも」  ベッドに押し倒し、キスをする。舌を絡ませると、拙いながらも応えてくれた。そうしてじわじわと実感する。  両思いだ。オレだけじゃない、和真も、オレのことが好きなんだ。  無理やり奪ったときよりもずっと、このキスは甘かった。

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