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サプライズなバースデー④

「……もう昼じゃねえか!」  シャワーを浴びた和真が髪を乾かすドライヤーの音で起きた。陽は高く昇っていて、随分時間が進んでいると分かった。スマホを見ると12時を過ぎていた。和真はオレの声に驚いてドライヤーを止めた。 「おはよ。俺も今さっき起きたところなんだよ」 「珍しい」 「だって璃央が……」  和真はいつもオレより早く起きる。朝からソシャゲのログボを回収?してる。オタクには時間がないとかなんとか言ってる。だから昼に起きるのは珍しい。その和真は顔を赤くして口ごもった。こっちに背を向けて再び髪を乾かし始める。  その背中に近づき、ドライヤーを奪い取ってスイッチを止める。 「潮吹きさせすぎた?」 「う……そうだよ! あれけっこう体力持ってかれるんだよ!」 「そりゃ俺だって止めれなかったけど、もっとしてってねだったのはお前だろ。お前がかわいすぎるせいでもある!」 「は!? んなこと言った!?」  やっぱイきすぎて訳わかんなくなって無自覚で言ってたか。ほんとタチ悪ぃな…… 「言った。でろでろになりながらオレに抱きついてねだってきた」 「うそだ……」 「認めろ。お前がエロいせいでもある」 「璃央のがエロいし……璃央がかっこよくて可愛いからだし……」 「ははっ、どっちもが責任転嫁かよ」 「それな……」  互いに同じ話題で盛り上がって笑う、この空気が好きだ。そうしているとオレの腹が鳴った。昨日の晩飯以降なにも食ってないからな。 「俺も腹減った」 「んじゃ、準備してカフェ行くか!」 「うん!」  カフェは家から歩いて10分ぐらいのとこ。大通りからは外れてるし昼の飯時は過ぎてるからすぐに入れた。ここも和真の誕生日の時に行ったところみたいな、レトロめで落ち着いた静かなカフェ。東京に来てからダチと遊ばないときは暇を埋めるためにカフェ巡りしてたけど、ここの雰囲気とコーヒーの味がいちばん気にいってる。  外はくそほど暑かった。ちょっと歩いただけで体力持ってかれる。真っ昼間に出歩くもんじゃねえ。死ぬ。和真の方がもっと暑さに弱いからへばってる。カフェの冷房が身に染みる。  今日は腹が減ってるので2人ともランチセットを頼んだ。少し暗めの照明の店内を見渡して和真はオレの方に視線を戻した。 「俺の誕生日の時もこんな感じのカフェだったけど、璃央はこういうとこが好きなんだ?」 「そう。落ち着けるとこが好き」 「そっか……」  和真はしみじみとしながら水を飲む。 「なんだよ、意外だって言いたいのか?」 「今まで1軍の輪の中にいる璃央しか見たことなかったから、友達とわいわいすんのが好きなんだと……」 「別に嫌いじゃねえけど、ずっとそうしてると……うーん……疲れるってのも違うな。周りにうるせえやつらが多いから静かにしたいっていうか……まあ、オレにとっていちばん落ち着けるのは、和真といるときだけど」 「えっ」 「おい、これけっこう何回も言ってるぞ。鈍感め」 「いや……何回言われても驚くというか……」  こいつはオレの考えに気づかず、頭をかきながら照れている。  落ち着けるところが好き=和真の隣にいると落ち着く=和真のことが好きな理由のひとつ に繋がるんだけどな。懇切丁寧に好きな理由を教えてやる気はねえけど(恥ずいし)お前が鈍感すぎるのもどうかと思う! でも全部含めてそういうとこも好きだ。 「……でも、こうやって璃央といるようになってから印象変わった。知らないことがいっぱいあったんだなって、何回も思った」 「まあそれはオレもだけど……」  今までのオレと和真の関わりは、毎日の学校からの帰り道と、教室で遠くから見てるだけ。あの時は和真の友達の方が和真のことを知っていただろう。でも今は違うんだ。 「お前のタイプの二次元の女とかな」 「それは恥ずかしいから覚えなくていい!」 「敵のツラ忘れるわけにはいかねえ」 「治安悪……」  オレはずっと昔から、お前のことならどんなに小さいことでも全部知りたいって思ってたし、オレのことも知って欲しかったよ。  そこに頼んだハンバーグランチと飲み物がやってきた。話してるとすぐだ。まずは氷がたっぷり入って冷えたアイスコーヒーを喉に入れる。 「うん、美味い。ここのコーヒー気に入ってんだ」 「へぇ……」 「ひとくち飲む?」  じっとコーヒーを見つめていた和真は頷き、恐る恐る飲んだ。その顔はすぐにぎゅっとしかめられた。 「にっがい……苦くて味どころじゃねえ……」 「はっはっは、お子ちゃまだな~」 *  いちばんの目的だった豆を買って、ついでに数日分の買い出しをして家に帰った。スーパーで飯のメニュー決めながら一緒に買い物すんのって同棲してるっぽくてアガる。大学卒業したらぜってえ同棲する。  クーラーとテレビをつけ、甲子園にチャンネルを変える。ちょうど今日の3試合目が始まったところだった。球児はすげえな、こんなあっちい中……見てるだけで汗が出そうだ。  キッチンを軽く片付けて、和真が見守る中、さっそく説明書を見ながら豆を挽いてみた。ゴリゴリという音、喫茶店の空気みたいな、豆の香ばしい匂い……この感じ、ゆっくりしてていいな。落ち着く。  んで、完成したのを飲んでみたものの…… 「……良くも悪くもねえ……」 「そう? 俺には違い分かんないけど」  和真はさっき買った牛乳をたっぷり入れて飲んでいる。 「お前が飲んでるのは素じゃないしな。なんだろ、インスタントよりはマシ、ドリップと同じくらい……挽いたらめちゃくちゃ美味いんだと思ってたけど、期待してたほどじゃないっていうか……」  手間がかかる分、ドリップの方がいい気がしてくる。  けど、これはオレの腕が足りてないだけだ。頑張ればもっと上手くなるはず……これはやりがいがありそうだ……  カップを見つめて考え込んでたが、和真の反応がないのに気づく。顔を上げると、和真はちょっと困ったような、引き攣り笑いのような、微妙な表情をしていた。  オレはお前の表情でだいぶ分かるようになってんだぞ。ほんと、毎回ネガティブな方に取りやがって…… 「お前、余計なこと考えてるだろ」 「え、余計なこととは」 「プレゼントあんま喜んでもらえなかったなとか、微妙なもんあげちゃったとか、別のものの方がよかったかな、とかだよ!」 「ゔっ!」 「だろーな。オレはお前が思ってるよりお前のことよく見てんだからな。オレがそんなマイナスなこと考えてると思うか?」 「お、思わない……」  パチパチと目を瞬かす和真に向けて、オレは宣言した。 「お前が考えてることと、真逆だ。燃えてきた」 「え?」 「絶対、これ使って美味いコーヒーを淹れれるようになってやる! オレの新しい目標だ!」 「さすが璃央……ポジティブだ……!」  和真はパッと表情を明るくさせた。  昔、自分の好きなことを否定されたとき、そんなの気にすんなって言ってくれたのはお前だ。そのおかげで今のオレがある。お前のこと否定したりなんか、絶対しねえから。 「だからお前もブラックで飲めるようになれ」 「それはちょっと無理かも……」  

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