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いざ、即売会!④

 一条鷹夜は目を開いてオレを見た。そんでそのままオレの方に直進してくる。  しまった、こんなとこで会うと思ってねえからびっくりしてつい叫んでしまった。オレは今めるちゃんの格好してるんだった。叫ばなければスルーできたのに、ミスった。オレだってバレたら絶対めんどくせえ絡み方してくる。何でここにいるのか知らねえけど、和真を探されても嫌だ。  ここは女のフリして乗り切るしかねえ。小さく咳払いをして声を整える。 「あー……わたし、一条さんのファンで……驚いてつい……(裏声)」 「お、嬉しー! ありがとな。握手でもする?」  くそいらねー! けどこの流れで断るのは不自然。握手してさっさと退散だ。引き攣った笑顔のまま手を差し出す。  握手した瞬間、引き寄せられていっきに距離が縮まる。一条鷹夜は心底楽しそうに口角を上げた。 「可愛いカッコしてんね、璃央くん」 「げっ……!? お前、分かってたな!?」 「そりゃ最初の声でな。それなかったら分かんなかっただろうな。璃央くんがぶりっ子して裏声使ってんの可愛くてさあ、乗ってあげたんだ」 「……ッ! くそ……!」 「照れてる、かーわい」  やっぱコイツめんどくせえ! 要らんことした! 「オタクってわけじゃねーのに、何でコスプレしてこんなとこいんの? しかもそれ和真の推しのキャラだろ。待ち受けにしてんの見たことある」 「知り合いに誘われたんだよ。和真が喜ぶからやった。お前こそなんでいんだよ」 「俺は東京で明日対バンの予定があって前入りしてんだ。俺のSNS見てくれてないの?」 「誰が見るか」 「ライブのお知らせとかマメにしてんだけどな。ま、そんでここで好きなゲームのサントラ売ってるから、事後通販より早めに欲しくて寄ったんだけどー……」  一条鷹夜はジロジロと、舐め回すようにオレの全身を見てくる。 「いいもん見れてラッキー。コスプレしてても璃央くん好みだわ。かわいー」 「じゃあオレじゃなくて、めるちゃんの出るゲームでもやっとけ」 「璃央くんだから良いのにー」  さっさと和真たちのとこに戻ろうと歩き始めると、一条鷹夜は当たり前のようにオレの後をついてくる。 「来んな!」 「俺も璃央くんの写真撮りてえな。璃央くんいるなら和真も来てんだろ?」 「休みの日にまで和真と会うな、仲良くなるな!」  ふん、と無視して歩いて数歩……次はカメラを持った暑苦しい男2人に声をかけられた。 「それライルセのめるちゃんコスですよね?」 「クオ高いですね!」 「あざす」 「えっ、もしかして男の娘? 可愛いね!」 「喋んなかったら分からなかったよ。あっちで写真撮らせて欲しいなあ」 「いや、ちょっと急いでるのですみません」  けっこう面倒なヤツらだな。あんま大事にしたくないし穏便に断って立ち去ろうとしたが、回り込まれて再び立ちはだかってきた。 「君が来てくれたらすぐ済むんだよ、ほら行こうよ」 「写真撮らせてよ、減るもんじゃないでしょ?」  しつけえ!あと視線がキモい!  走って振り切るか? オレの足なら余裕だけど、慣れてねえ靴で走れるかは微妙。それなら警備のとこまで誘導するか……? 「ごめん、待たせたな」  後ろから聞こえたのは一条鷹夜の声だ。振り返りざまに肩を組まれた。 「なあ、お兄さんたち。俺こいつの友達なんだけど、こいつ迷惑そうにしてなかった? 嫌がってんの無理やり撮ろうとしてたんなら、先に俺と一緒に警備さんのとこまで行きましょうか?」 「あっ……す、すみません……」  めんどくさい男2人は一条鷹夜の笑顔の圧に押され、顔を青白くしながらあっという間に散っていった。 「逃げ足早えなあ」 「……」  釈然としねえけど……助けられた。 「ふん、たまには役に立つじゃねーか」 「その様子じゃ声かけられまくって困ってんだろ。こういう場には女装が趣味のやべー奴だっているんだから気をつけないと。璃央くん可愛いんだからさ」 「……」 「俺が隣にいれば、すんなり戻れると思うけど?」  こいつの言う通りだ。反論はできない。ここはオタクばかりで、オレはコスプレをしている。今まで過ごしてきた環境とはまるで違う。それに気づけなかった。オレの見立てが甘かった。 「飯買って、和真のとこまで。それだけだからな」 「はは、素直じゃねー。手でも繋ぐ?」 「やだわ!」  それからは、さっきの歩みがウソみたいにすんなりと進んで、適当な軽食を買ってコスプレエリアのあたりまで戻ってきた。 「ここまで来れた……」 「傍から見たら俺ら美男美女だし、声かけづらいんだろうな」 「だれが美男美女だ。お前よりオレの方がイケメンだ」 「自己肯定感えぐいな~。まあそれは置いといて、ご褒美くれるよな?」  一条鷹夜はコスプレエリアの方を指さして、ニコーッと笑みを深くする。こいつの希望はアレだ。こいつに恩を残したくはない。仕方なくコスプレエリアまで行き、荷物を持たせる。 「写真撮ったらすぐどっか行けよ」 「こんな可愛いお姫様のボディーガードできて写真まで撮れるとか、役得役得」 「誰が姫だ!」  その時、ぐらりと視界が揺れた。慣れない靴なのに勢いよく振り返ってしまった反動でバランスが崩れた。こけるのを覚悟したが、その衝撃は来ない。目を開けると、一条鷹夜に腰を抱き止められていた。 「……っと、危なっかしいな」  そのまま体を起こされて立たされる。子どもの服を直すみたいに、胸のリボンをきゅっと結んで整えられた。一条鷹夜が満足して「よし」と頷いた途端、周りから、きゃあーっ!と歓声が上がった。いつの間にか観衆の注目の的になっていたみたいだ。コススぺだからパフォーマンスと思われたのか、シャッターの音も聞こえる。 「はは、どーもどーも」  と、慣れた様子で手を振る一条鷹夜を引っ張って囲みを突破した。 「くそムカつく……こんな軽々とオレを持ち上げるとか……そりゃ背は数センチ負けてるけど……!」 「まあ毎日ギター持ってるし。それより足挫いたりしてない?」 「してねーよ、ちょっとバランス崩しただけだ」 「ならよかった」  くそ。こんなチャラついてるくせに普通にいいやつ(認めたくないけど)なのもムカつく。和真が惚れたらどうする! 「じゃー撮るよ。って、棒立ちじゃ映えねえぞ。にゃーんって猫ちゃんポーズしてみ?」 「お前も大晴と同じ趣味か……おら、これでいいかよ」 「いい感いい感! かわいーね! ムスッとした顔もいいけど笑顔もちょーだい!」 「誰がお前にやるかよ!」  パシャパシャといろんな角度から写真を撮られる。1枚じゃねーのかよ、このヤロウ。 「ポーズ変更お願いしまーす」 「もう終わりだ!」  それでも諦めずにせがんでくるのを振り払っていると、沙羽と大晴の声が聞こえた。 「あれ、璃央くんだ」 「なんかあった?」 「ちょっとな。そっちはもう終わりか?」 「ひと段落したから休憩しようと思って。ん、その人は……」 「うわ、すげー美少女! あの子、璃央くんをコスさせた子?」 「おう」 「どーも! 璃央くんと和真の友達の一条鷹夜です!」  友達じゃねーよ、って訂正する暇もないまま、沙羽に突撃していった。マジでメンクイで呆れるわ。すると大晴が沙羽を背にかばった。 「お触りはNGです」 「あんたは?」 「璃央の中学からの友達、水戸大晴。璃央から話はしょっちゅう聞いてるよ。メンクイだってね」  あの大晴の笑顔はイラついてる時のやつだな。 「なんか警戒されてるなあ。なんつー紹介の仕方してくれてんだよ、璃央くん」 「あ、和真から電話」  一条鷹夜は無視して和真からの電話を取る。 「和真!」 『璃央、大丈夫!? 遅いから心配で……』 「ちょいいろいろあって、今コススペで沙羽たちと一緒にいる。今からそっち戻るわ。うん、ありがと」  心配させたのは悪いけど、されるのも嬉しいもんだな。オレのこと大切にしてくれてんだなって実感する。電話を切り、一条鷹夜が持っているオレの荷物を取ろうとしたが……かわされた。 「返せ」 「和真のとこまでボディーガードするって約束だもんな」 「こいつらいるからもうお前は要らねえ」 「えー、ひど笑」 「ボクたちも行こっか」 「そうだね」  結局荷物を返してもらえないまま、4人で休憩スペースに戻ってきた。そわそわと心配そうに周りを見渡す和真の顔が見えた。 「あっ、璃央!」 「和真!」  和真の顔が見れてドッと肩の力が抜けた。安心する。やっと戻ってこれた。なんだかすげえ大冒険をした気さえしてくる。 「はい、璃央くん荷物」  オレの後ろから顔を覗かせた一条鷹夜に、和真がぎょっと驚く。 「え、一条!? 一条も来てたのか!?」 「よー、和真。さっき璃央くんとバッタリ会って、声かけられてばっかで心配だから、ついてきた」 「一条がいてくれたならよかった、ありがとう!」 「ごめん、和真。ひとりじゃない方がいいって分かった」 「今度からは絶対ついていくな。俺じゃ役に立てるか分かんないけど」 「頼んだ」  和真が笑って頷く。和真と話す、このゆったりした空気が好きだ。疲れがいっきに取れる、  そこに割って入るのは一条鷹夜。 「和真、俺今日『モン伝(ゲーム名)』のサントラ買いに来ててさ。今度貸すな」 「マジ!? 並ぶかなって思って諦めてたんだ」 「俺はこれしか狙いなかったからな。朝から並んだわ。また語ろーぜ」 「おう!」  なんかさらに仲良くなってねえ!? 前期の間、講義一緒に受けただけだよな……!? オレがいない間に……! くそ、やっぱ趣味被ってたら距離縮まんのも早えな! 「一条鷹夜ァ……!」 「嫉妬顔も相変わらず可愛いね~、猫ちゃんみたいで」  頭に向けて伸びてきた手を払う。 「うるせーっ! てめぇ、この前期の間に和真と直で喋った文字数、オレより多いだろ!」 「待っ、文字数、文字数って! ははは!」 「笑ってんじゃねえ! 抜け駆けすんなぁ!」 「璃央! めるちゃんコスで胸ぐら掴むなって!」 「チッ、馴染んできてコスしてんの忘れてたわ」 「あれが一条鷹夜ってやつ?」 「らしいよ。聞いてたよりも仲良さそうだよね」 「威嚇する璃央猫だ。良いもの見れたな」

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