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いざ、即売会!⑤
日が暮れ始めた頃にアパートに帰ってきた。すぐにクーラーを入れると、蒸した部屋に冷気が通る。和真は荷物と一緒になって床に倒れ込んだ。
「あー……疲れた……もう一歩も動けん……」
「体力ねえなあ」
「イベントってこんな疲れるのか……璃央の体力すげえな。コスプレもしてたのに」
「セックスできるぐらいには余ってるぞ」
「ごめん……今日は無理です……」
「分かってるよ。疲れてるとこ無理やりしたりしねーし。ひと息ついたら先にシャワー浴びろよ」
テイクアウトしたカツ丼を冷蔵庫に入れながら言うと、へい……と力尽きる寸前の声が返ってくる。和真の元にしゃがみ、頰をつついてみる。
「そんな疲れてるならオレが洗ってやろうか?」
「……そしたらそういう雰囲気になるじゃん……」
ちぇ、と舌を見せると和真はふふっと笑った。こういう優しいやり取りが好きだ。
「そういや、お前の買った本ってどんなのなんだ?」
随分膨らんで重そうになった和真のリュックに目を移す。持ってやろうかって言っても頑なに渡さなかったそれ。
和真は息を詰まらせ、やばい、を顔いっぱいに浮かべて青ざめている。そんな焦るほど、オレに見られちゃいけないもん買ったのかよ。
「絶対、見るなよ……」
「って言われたら余計気になるもんだろ」
「ぜっ、た、い、ダメ!」
「ほらさっさとシャワー行ってこい」
「その間に見る気だろ!?」
リュックに伸ばそうとした手を掴まれる。和真は床に這って必死の形相だ。和真が嫌がることを無理やりしようとは思わないけど、反応が面白くてかわいいからつい揶揄ってしまう。
「じゃあオレと一緒にシャワー行くしかないな?」
「く、くそ……ずるい……!」
同人誌よりも、やっぱ和真だな。
一緒に行けばエロい流れになるかもと思ったが、想像以上に和真が眠そうにしてたので仕掛けんのはやめた。普通に全身洗ってやって、先に風呂から出した。
部屋に戻ると、ちょうど飯が温められててお茶も用意されていた。あんなヘトヘトだったのにオレが出てくるのに合わせて飯の準備してくれてたのか。なんか……マジで同棲してるみたいで一人で感極まった。
「ありがと、和真」
「え、お礼言うのは俺の方だよ。今日は一緒に来てくれてコスまでしてくれて、ありがとう。すっごい嬉しかった」
「おう……」
「まあ、ご飯あっためるしかしてないけど……」
ハッキリ言われるとさすがに照れる。和真まで照れてるし。なんだこのむず痒い雰囲気。でもそうやってちゃんと言ってくれるところが好きだ。嬉しくて幸せで、こんな気持ちになるのは和真だけだ。
よかった。頑張ってよかった。
「オレがお前のためにやりたくてやったんだ。礼なんて要らねえよ。食おーぜ。腹減った」
「うん。でも改めてなんか返したい」
「じゃあ食ってからオレの髪乾かして」
「そんだけ!? もっと他の……」
「んじゃ、セックスがいい。疲れ取れてからな」
「あ……ハイ……」
「いつまで経っても恥ずかしそうだな、慣れろよ」
「慣れない!」
一緒にいてくれるだけで十分だけど……お礼するって言うなら遠慮なくもらうわ。
髪乾かしてもらって、歯を磨いて、同じベッドに入る。狭苦しいけどくっつけるから嬉しい。和真は今にも寝そうだ。オレもけっこう眠くなってきたけど……
「なあ、オレの胸揉む?」
「は……なにいきなり!?」
豆電球の明かりの下で、和真は目をぱっちり開いた。
「目ぇ覚めたんだけど!?」
「お前、貧乳派なんだろ。ならオレの胸でもよくね?」
「な、貧乳……!? なんで……!?」
「お前の好きなキャラ、貧乳多くね?」
固まった和真は目を泳がせている。たぶんいろんなキャラを思い浮かべているんだろう。
「ほんとだ……貧乳多くね……?」
「気づいてなかったんか。オレも今日思っただけだけど。オレの胸揉んだら疲れも取れるだろ」
「たしかに?」
「和真にしか揉ませねえんだからな。ありがたく揉めよ」
Tシャツを持ち上げて肌を晒す。オレは和真の胸好きだからいっぱい触るけど、触らせたことはない。
静かな部屋に、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。「失礼します」と小さく呟きながら、少し冷たい指先が控えめにオレの胸板に触れた。
「筋肉って思ったより柔らかいんだ……璃央ってマジでいい体してるよな。スポーツしてる人って感じ」
「オレとしてはもうちょい増やしたいけど。まあお前はペラペラで骨だもんな」
「運動苦手だし……」
「おら、もっと触れよ。今さら日和ってんじゃねえ」
和真の腕を掴んで胸に押し付ける。暗くても和真の頰は赤くなってると思う。
「あ……わ……」
「ん、けっこうくすぐってぇ……」
「……」
モゾモゾして焦ったいなこれ……変な感じになる。和真は無言のままオレの胸を凝視して揉み続けている。
「かずま……?」
「やばい、璃央……俺、勃ちそう……」
「はは、オレも」
「璃央がエロいせいだ……」
「やっぱ抜き合いぐらいしとこーぜ。その方がぐっすり寝れるくね?」
「そう、かも……」
やっぱこうでなくちゃな。
「璃央、起きろ、璃央!」
「んー……」
「ちょ、大変なことになってる!」
「んあ……なに……?」
ぐらぐらと揺り動かされて目が覚める。焦った顔した和真が覗き込んでいた。
「これ、璃央と一条じゃね!? バズってるぞ!?」
和真が向けてきたスマホに映るSNSの投稿。ぼやける目を擦り見てみると……『こけそうになっためるちゃんレイヤーさんを金髪イケメンが抱き止めてた…王子と姫かよ、尊い…』の文章とともに、写真が載せられていた。顔は隠されてたが、万を超えるほど拡散されていた。
「なんであいつとバズんなきゃなんねーんだよ!」
大賑わいのコメント欄と引用が、スクロールされる画面に流れていく。
『これサーニャと一緒に写ってる子じゃね? 足の細さが一緒(サーニャの投稿を引用)』
『男の方はレグルスの一条鷹夜じゃない? 会場いるの見たよ(レグルスのホームページURL)』
『一条鷹夜、オタクなん!?』
「……バレてるじゃねーか……」
「さすがネット民、特定が早い……」
するとオレのスマホにメッセージが入った。一条鷹夜からだ。たぶん同じ投稿を見たんだろう。女ファンから疑いの声が上がり出す前にオレが男なの含めて言ってもいいかって。別にどうでもいいからオッケー出したが……
『こいつ、俺の友達な!ちな男!可愛いっしょ~笑 ゲームのサントラ買いに行ったらバッタリ会って、コス可愛すぎて口説いちゃったわ笑』
『あと今日の18時から対バンありま~す!当日券も少しあるので気になった人はよろしく!』
と、すぐに投稿しやがった。可愛いを連呼すんな! 勝手に宣伝もすんな! 笑、じゃねーんだよ、ムカつくな! こんなん書いてオレのことがガチで好きとか和真に勘違いされたら……
「一条、ほんとに璃央の顔が好みなんだな~わかるわかる」
……その心配は無さそうだけど、それはそれで……
そしてネットでは『男!?』『嘘だろ!?』『可愛すぎ!?』と芋づる式にサーニャの投稿まで万バズを記録して、沙羽からは「棚ぼたで超フォロワー増えちゃった!ありがとね!璃央くんもコス垢作ってみたら?」とメッセージがきた。
「コス垢?」
「いんじゃね? 璃央ならすぐに大人気になれるよ」
「なったら和真は嬉しい?」
「うん」
「やる」
和真が喜ぶなら、オレはなんだってやってやる。インフルエンサーにもなってやる!
さっそく新規アカウントを作っていたら覗き込んできた和真が、『りお』と入力した名前の欄を見て待ったをかけた。
「さすがに本名はダメだって。特定されるぞ」
「本名のやつばっかだろ」
「いや、それ陽キャのSNSの場合だから。個人情報晒すのはよくない。しかもコスで顔出しするんだし、危ないんだからな!」
「そういうもんか。じゃあ和真が名前考えて」
ピタリと固まった和真は首をひねり頭を抱えたりしてすげえ悩んでいる。オレのことをこんな真剣に……嬉しい! ワクワクして待っていると、眉間にしわを寄せたまま顔を上げた。
「み、ミケ……とか」
「猫じゃねーか。まあ和真が決めた名前に異論はねえ。これでいく」
「いくの!? もっとちゃんと考えた方が……」
「いい、これがいい。よし、んで写真載せて……和真、オレの写真くれ。いい感じに撮れてるやつ」
「どれもいいんだよなあ……」
和真のお気に入りの写真がエアドロで何枚か送られてきた。
「お、よく撮れてるじゃねーか」
「璃央が可愛いからだって」
「それは大いにある。でもお前のセンスも良くなってるぞ。これ使って、文章は適当でいいか」
『サーニャに勧められたからアカウント作ってみた。よろしく』
と、投稿してとりあえずサーニャをフォローする。いち早く気づいた沙羽がオレの投稿を拡散すると、みるみるうちに広まっていく。
「通知が止まらん」
「すげえ! もうバズってる! さすが璃央!」
オレより和真の方が楽しそうだ。更新してもしても終わらない通知の中に、一条鷹夜からのフォローが見えた。
『垢作ったなら早く言えよ! フォロー1番乗り逃しちまった(オレの投稿を引用)』
すぐにサーニャが反応する。
『フォロー1番乗りはボクでーす(↑の投稿を引用)』
『サーニャちゃんこそ俺のフォローありがとね!これからよろしく!(↑の投稿を引用)』
『こちらこそ!今度鷹夜くんのライブ行ってみたいな~(↑の投稿を引用)』
『おいで~絶対楽しませるよ!(↑の投稿を引用)』
「なんか盛り上がってるな」
「あいつら……」
永遠と続きそうな2人の会話は、『オレの引用から会話を進めるな!』のひと言で終わらせた。そんでその流れも拡散され、『仲良すぎて草』と話題になり、オレのアカウントはあっという間にフォロワー4桁を超えた。通知は切った。あれバッテリーめっちゃ減るわ。
その後、レグルスのMV視聴数は伸び、一条鷹夜の顔ファンはさらに増えたらしい。『ゲームBGM好きとか分かってんじゃねーか』と、ゲームオタクからの支持も増えたとか。
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