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(6)
今日はシンヤが荷物を整理する手筈になっていた。
午前中には寄ると聞いていたのだが、いまだに姿は見えない。午後十四時、秋特有の黄色い太陽光がしらしらと燃えている。
それにしても、どうしてシンヤは防犯カメラの位置を正確に把握していたのだろう。抑止目的であからさまに設置されたものもあるのだが、ひっそりと設置された、一見しても機器が確認できないような場所にあるものにまでマサヤの姿が映るようコースが設定されていた。
漫然ととりとめのない思考を巡らせながらひたすら手を動かす。なにかに追われるように、そして追われないように、黙々と作業を進める。
物干し竿を片付けるために庭へと出る。シンヤは、手塩にかけて庭木や花の手入れを行っていた。特に花壇――――。
絢音の言葉を思い出す。
『帰ってきたら、昌也がいなかった。庭にいたの。雨の中、シンヤが庭にいたの。シャベルを持って。昌也は? って聞いたら、花壇を指さして、死んじゃったから埋めたって』
この花壇に、シンヤは幼い弟の亡骸を埋めた。もちろん警察の介入で、亡骸は然るべき墓へと移されたはずだ。当時はシンヤも年端のいかぬ子どもで、罪に問われることもなかっただろう。むしろ、精神的な動揺に同情的な目を向けられたかもしれない。当時、シンヤは六歳頃。生死の分別が付いてなくても無理はない。ましてや絢音の生家の法要で土葬という概念だけは知っていたのだから、遺体を埋めてしまうという行為もあながち突飛な行動だとは思われなかっただろう。
――――この花壇の、この土塊の下に。
新しく植えられたばかりのタマスダレの細長い葉がさわさわと秋風に揺れて、涼やかな葉擦れの音を奏でる。葉を掻き分けて土を見る。褐色の、湿り気を帯びた土はひんやりと冷たい。その温度に、絢音の遺体の幻影を見てしまい慌てて頭を振った。
マサヤの同級生が亡くなったという話。埠頭に運ばれていった白い袋。彼もまた、絢音と同じく水死だった。埠頭の海に浮かんでいたという。
埠頭脇の廃造船所に出入りしている、あやしい者たち。黒い服を着て、闇に紛れながら人型の白い袋を運んでいる。卵を運ぶ、蟻たちの行列のように。骨壺を運ぶ葬列のように――――。
絢音が死亡した日、シンヤはレインコートを洗っていた。普段なら着ないはずのそれを物置から引っ張り出していた。雨など降っていなかったのに。もしかしてそれは、返り血を防ぐためのものだった……?
いやな想像ばかりを巡らせながら、さりさりと土を掻く。
シンヤは絢音の財布から持ち出した金で、なにを買った。
一見しても、高価なものが部屋に置いてあったりはしない。ファッションなどに金を使うタイプではないし、そもそも物体を隠している素振りは一切なかった。
絢音はなんと言っていた。思い出せ。
『絢音のお客さんがね、高校生くらいの子が変な人たちと埠頭にいたって言ってて。お客さんの言う子の特徴がね、シンヤにそっくりなの』
やはりすべては埠頭に繋がる。埠頭の、正確には廃造船所だ。
もしも変な連中というのが想像通り、真っ当ではない者であるとすれば、なにかを生業にして資金繰りをしているはずだ。そう、金だ。金を払う。シンヤは金を払った。なんのため? 同級生への復讐――――復讐の代行ではない。シンヤは自らの手で、きちんと相手に罪を分からせたいはずだ。そのためのお膳立て。報酬金。絢音の財布からくすね続けた金を貯めて、復讐のための足がかりにした。
シンヤはまだやってこない。
もしかしたら…………。
いやな予感がする。
なんの目的で、慕っていたはずの絢音を手にかけたか。マサヤにはその理由がはっきりと理解できる。
いま、シンヤの執念はマサヤにのみ注がれている。かつて義理の弟である昌也を消した理由は、絢音との生活に邪魔だったからだ。自分だけが受けるべき愛を、弟が不当に奪ったと考えたせいだ。それならば、シンヤはマサヤと二人だけの生活を手に入れるために絢音を葬ったことになる。
しかし、現実はどうだ。シンヤの望むとおりの生活はやってきていない。彼は皆口家に引き取られ、マサヤは借家を整理して鹿影から離れようとしている。なおかつ、二度と皆口家やシンヤには関係しないという誓約まで交わしている。
これではシンヤの目論見とは大幅にズレてしまっている。
そうなった原因はなんだ。絢音の実父だ。彼が慟哭し、激情し、マサヤの存在を拒絶したからだ。
――――であれば、シンヤは当初の願いを成就させるためになにをするか。
さりさり。
無心で掘っていた指が、ふいに硬いものに当たった。ひんやりとした、ざらついた手触りのそれ。
さりさり。
いやな予感が比重を増していくに従い、それは姿を現した。
水石。
秋に、吊り橋下の鹿影川でシンヤが浸水した、御山を象る緑がかった、石。
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