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第33話 卒業式パフォーマンスの練習
【五】
「紙、整いました!」
朔也の声に部長が手をあげた。
「それでは卒業式パフォーマンスの練習を始めます」
『はい!』
かけ声を合図に全員が模造紙の上で横一列に並んだ。ジャージ姿で左手に墨池、右手にパフォーマンス用の太筆。体育館に敷き詰められた真っ白の紙を見下ろし、朔也は落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせた。
日曜日、書道部は体育館で初のパフォーマンス練習に臨んだ。午前中はそれぞれが本番と同じ長さになるようひたすら紙をつなぎ合わせ、午後から体育館に場所を変えた。
数分に渡って書き続けるには体力が必要とされるため、休憩を挟んでたったの四回。最初の三回は新聞紙に書いたが、ラストは贅沢に白の模造紙だ。紙によって墨のにじみ方が変わるため、本番同様の模造紙で練習できるのは貴重な時間になる。また、文化祭でも筆などを渡したりするだけの賑やかし要員だった朔也にとって、初めての作品パフォーマンスだ。
朔也はばくばくと音を立てる心臓を抱え、深呼吸した。冬の体育館なのに、前髪をピンで留めた額に汗がじんわりと浮かんでくる。
大丈夫、さっき練習した通りやればいい。きれいな紙に書いてみろ。気分がいいぞ。絶対やり遂げてみせる――!
視界の隅で顧問の指がコンポのボタンを押す。張り詰めた空気の中、音楽が流れ出し、タイミングを合わせて皆が一斉に筆を振り上げた。
最初は大胆に墨を吸わせて一画目。腰を曲げたまままっすぐ後ろに下がりながら文字を書き、屈伸をして息をつく。体育館内いっぱいに響く音楽に合わせて呼吸をし、軸足を意識して体全体を使いながら腕を動かす。
ひらがなが得意な今井と楷書の上手い先輩の間に挟まれ、朔也は必死に筆を振るった。重心を移動させ、筆を抜き、墨池へ筆を入れ、また次の字へ。
真っ白の紙に墨汁が走るだけで緊張に腕が震えそうになり、足がぐらぐらとしてバランスを崩しそうになる。だが、今書いた一画を振り返っている暇はない。すぐに筆を運んでいかなくては一人だけ遅れてしまうからだ。
隣の今井が速い。動く手がちらちらと視界に入り、朔也は焦った。
まずい、このままじゃ置いていかれる。
「あ」
次の一画目に筆を落とした手がびくっとして止まった。
しまった! 一字飛ばした!
文章の一字を飛ばす。文の意味を考えて書いていればあり得ない失敗だ。しかも、ひらがなが入るところを漢字の一画目を書いてしまっている。到底誤魔化せるようなものではない。
が、朔也はすぐに次の一画へ打ち込み、素早く筆を動かして後ろへと下がった。今井も隣の二年生も既に視界にいない。書くのが遅れているのだ。
朔也は休みを入れるところも必死に腕を動かしてスピードをあげた。最後の一文字で隣の先輩に追いつき、筆を抜く。
「……っはあっはあっ……」
曲げていた腰を伸ばし、ぜいぜいと息をつく。全員が書き終えたため、音楽の止まった体育館内に息のあがった部員たちの息遣いだけが広がる。が、次の瞬間にはパンパンと手の叩く音が鳴り響いた。
「全員、墨池と筆を置いて! 自分の字を確認しよう。乾いてないから字を踏まないよう気をつけて!」
顧問の声に、わっと緊張の解けた明るい声が飛び交う。
「焦ったー! 皆速いよ」
「私、途中から字が小さくなっちゃった」
部員たちは口々に話しながらそれぞれ自分の書いた紙の上を歩き出した。数人で互いの字を指さしたり、字の隣にしゃがみ込んで空中で手を動かしたりする。
朔也は下の文字からゆっくり遡って紙の上を歩き出した。つるりとした床に置かれた紙の上で足が滑りそうになりながらも、一字一字ゆっくり見ていく。そして、そこで足を止めた。
「一を 」
それを見下ろす朔也の鼻がつんとした。
おれはどうしたんだ。ずっと得意だった書道なのに、ずっと大好きだった書道なのに、ひらがな一文字満足に書けない。与えられた文が長いとはいえ、全員が同じ条件。その中での脱字など言い訳できない。それも作品全体をぶち壊しにするミスだ。
その後、書道部はすぐに解散した。
書道室に戻って自主練に行く者もいたが、朔也は一人広い体育館に残って細長い紙を広げた。ひんやりとした床の冷たさを感じながら文字を眺め、先ほどと同じところで足を止めて片膝をつく。動揺したのか、そこから下の字は軸がぶれて大きさもバラバラだ。間違えたところを上からなぞると指先に墨がついた。
その汚れをぼんやりと見ていると、突然後ろから声がかかった。
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