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第37話 もう一回、言って
山宮がそっとベンチに浅く腰掛ける。ぴりっと封を開けたカイロを両手で挟み、その横顔を強張らせた。
「まず質問なんだけど、山宮はおれに気持ち伝えてどうしたかったの」
朔也の言葉に山宮が口を開きかけては閉じ、なにか言いかけては黙るという行為を繰り返した。じっと待っていると、ぼそぼそとした声を出す。
「……全然伝わんねえから言ってやろうと思った。そうすりゃ、気持ち悪がられても俺だけ特別になれるかもと思って」
「山宮は特別だよ。おれが本音を話せるのは山宮だけだし」
すると山宮が少し照れたように目を瞬かせる。朔也は先ほどよりもはっきりと言った。
「さっきはひどいこと言ってごめん。甘えてた。山宮なら分かってくれるはずだって」
「それはいいけど。……全部言うとな、他のオトモダチと一緒にされたくねえんだわ。放送部だって書道部の役に立ってるって知ってほしかったし、放送室で喋れるのも嬉しかった。勉強ができねえってバレるのは恥ずかしかったけど、教えてもらえるのは嬉しかったわ。とにかく、特別でいたかった。そういう自己中な考えでお前といた」
「自己中なのはおれのほう。山宮の気持ちも考えないで、放送室を逃げ場にしてた。委員長に、今井に言われたんだ。山宮のことを考えるなら行動を変えろって」
朔也の台詞に山宮が弾けるように顔をあげ、少し嫌そうな顔つきになった。
「あいつめ。余計なことを」
「今井は山宮のことを思ってそう言ってたよ」
「それは違くね。委員長が好きなのは折原だろ」
山宮が簡単にそう言ったので、朔也は内心気づいていたのかとため息をついた。
「……山宮も知ってたんだ」
「最初の試験前にな。『山宮君の好きな人を知ってるよ。いつも見てるよね』とか言われてよ。『あたしと好きな人一緒だね』って。驚きすぎて否定するタイミングを失ったわ」
「でも、その今井がおれに言ったわけ。自分の気持ちに素直になれって。だから提案なんだけど」
「なんだよ」
朔也は大きく息を吸い、思い切って言った。
「おれたち付き合わない?」
ぴたりと山宮が動きを止めた。が、次の瞬間「はあ⁉」と大声をあげる。
「冗談キツいわ! 簡単に言うんじゃねえよ!」
「冗談じゃない。真剣に提案したんだけど」
すると山宮はもう聞きたくないとばかりにふいと顔を逸らし、頭を抱える手がその表情を隠した。だが、負けじとたたみかける。
「おれは山宮が特別だって言ったじゃん。山宮は特別でいたいって言ったじゃん。それならおかしくないだろ」
だが、山宮はゆるゆると首を横に振る。
「お前、好きって言われたら好きって返さなきゃと思ってね? お前って他人に合わせるの得意だもんな。特別でいたいって思う俺に合わせようと思ったんだろ」
「おれは自分から山宮を特別だと思ったんだけど」
「そもそも勉強もできるお前と俺じゃつり合わねえわ」
「なんで成績で卑下するの。山宮の下校放送も教科書の音読もすごいよ。おれには真似できない」
「……だとしても、お前と俺の気持ちは違えんだよ」
「最初から同じ人なんていないだろ。なんで山宮はおれの気持ちを決めつけるの」
強い口調で言うと山宮は黙りこくった。屋根の下に入り込んだ風が彼の黒髪も自分の髪も揺らしていく。
沈黙が下りた東屋の横で明かりがついた。いつの間にか空が青とオレンジに二分されていて、公園に夜の足音が迫っている。風にざわめく葉の音を聞きながら朔也は彼のほうへ向き直った。
「山宮、言って」
寒いはずなのに顔が熱い。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。それでも朔也は山宮から目を逸らさず繰り返した。
「いつもみたいに言って。おれ、返事するから」
すると山宮が口をへの字に曲げて、頭をがしがしと掻く。
「俺から言わせようとすんの、ズルくね」
「だって、お守り渡そうとしたときに言おうとしたけど、冗談の二文字なのにすっごく難しかったし……」
「その難しい言葉を既に四回、いや、今日入れて五回以上発言した俺を褒め称えろ」
「山宮君ってすっごく勇気あるんだな! 尊敬しちゃうなあ」
「折原、お前な」
紺色のコートからにゅっと伸びたこぶしが、朔也のキャメル色のコートにぽすっと音を立てた。泣きぼくろの目元が笑って山宮がちらりと歯を見せる。小さな花がほころぶような笑みに、朔也の心がぎゅっと締めつけられた。――ああ、おれ、山宮のこと。
朔也は山宮の頭に手を回してこちらに引き寄せた。わっと声をあげた黒髪の頭が右腕の中に収まる。ぬくもりのある髪と冷えた耳に当たる指先が熱い。手を引き剥がそうとする細い指がやめろとこちらの腕を掴んだが、朔也は更にぎゅっと小さな頭を抱え込んだ。
「山宮、言って」
朔也は繰り返した。
「もう一回、言って。ちゃんと答えるから」
すると暴れていた山宮が大人しくなった。自分のコートの下から彼の吐く白い息が細く漂う。
「……お前、マジで、ズリいわ……」
コートに当たる声がくぐもる。山宮の体温が、息遣いが、分厚い布越しに伝わってくる。それを感じながら空を見上げる朔也の鼻がまたつんとした。
こんな気持ち、初めてだ。胸がどきどきして、目の奥が熱くて、神経が研ぎ澄まされて、全ての感覚が彼に向いている。この小さな体を、もっと引き寄せて抱きしめたい。
「……折原」
腕の中の山宮が息を整えるように息をつく。
「お前が、好きだった」
明瞭な声に息が止まる。
「好き、だった。もう、好きじゃない」
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