2 / 35
第2話 鍵と鍵穴 2
レインボーパトライトがついた車は、ゾーンに入って危険な状態のセンチネルが移動していることを表している。大体の車は、それを見て緊急車両扱いしてくれる。だから、俺たちは信号も無視してホテルの駐車場まで滑り込むことが出来た。
俺は今、パーシャルとしてもレベルがかなり上の域に達していて、ここまで危険な状態になることは滅多にない。それでも全くないわけではないから、駐車場には防音措置を施してあるスペースが設けてある。緊急時はここでケアをしてもらうしかない。誰かに見られる可能性もあるけれど、そんなことを言ってられる場合じゃないからだ。
「ロック、ベースに着いたぞ。上まで行けるか?」
ラッチは俺の顔を覗き込んで、優しい声で問いかけてきた。大きくて優しい手で俺の色素の薄い髪を梳きながら、さわさわと頬を撫でてくれる。その手の温かさが心地良い。骨張っているのに優しい触り方にふわふわとして、少しセンサーが緩んだのがわかった。
「無理だな……上がるにしても、その前にケアが無いと。もう目が開けられねー」
真冬のホテルの地下駐車場は、外と変わらないくらいに冷え込んでいた。エンジンを切らなければ俺の耳は壊れそうだし、切れば寒さが音を立てて煩い。
目からの刺激にはもう耐えることができなくなっていて、サングラス越しでも瞼は少しも開くことができない。見開こうものなら……とち狂ってしまうだろうな。
押し寄せる情報量を処理するだけの精神力が残ってないため、崖っぷちに立たされているような気分だった。
顔はまるで真夏のように汗でびしょ濡れで、息も絶え絶え。しかも、息苦しくても自分の呼吸音で気が狂いそうになるから、深呼吸も出来やしない。息しなけりゃ死ぬしかなくなる。わりと深刻な事態だった。
「頼むよ、|蒼《ラッチ》。一回抱いて」
ベースに戻ったら、もう仕事の関係じゃない。俺は蒼の名前を呼びながら強請った。深い接触がないと、回復しきれそうにない。その怖さから逃れたい。
蒼は苦笑しながら俺の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜると、ゆっくり優しく唇を合わせてきた。
そして、シートをフルフラットに倒すと、とても愛おしいものを見る目で微笑みながら俺の唇を喰んだ。
「ん……」
やわやわと唇を噛みながら、手を絡めて繋いだ。触れる場所は少しでも多い方がいい。その方が回復が早くなるからだ。
蒼は、繋いで無い方の手で俺の髪を撫で、後頭部を持って少しだけ首を持ち上げた。ついた角度が蒼の舌を深く受け入れる準備をしてくれる。
「はぁん……」
半開きになった口に、蒼の舌が潜り込んできた。そーっと、触れるか触れないかで、口の中をくるりと触る。上顎に触れた時に、思わず「ふあんっ」と声を漏らした。ゆっくり、ゆっくり、中に触れる。その度に下腹が震えた。
短く息を漏らしながら、時折こくんと蜜を飲む。濡れた音が耳の中に鳴り響く。その音で耳を満たせば、周りに溢れるハムノイズも、その存在すら消してしまえる。
重ねて、柔らかく擦れ合う舌が気持ちいい。その感覚に蒼の温もりを感じると、たまらなく体が震えた。
くちゅくちゅと鳴る音に身を任せながら、手を繋いだまま、足も絡め合う。さわさわと触れ合う太ももの感触に「うぅンッ」と声が漏れた。それでもまだ、夢中になりたい。蒼だけを感じたい。
「はぁっ……んっ……そぉっ……まだ足りない……」
蒼の香りのする口内を貪るように求めても、目のセンサーが鈍らない。もっと強い刺激が欲しい。でも派手に動くことは肌に痛みを感じて出来そうにない。
「蒼っ、お願い、起こして。口ん中にちょうだい」
ケアは皮膚の接触から、体液の交換まで色々と方法はある。ただ、セックスするとなると、俺は男だからそれなりに準備がいる。
まあ、ミュートのゲイカップルほど準備は大変じゃ無い。いつゾーンアウトして命を落とすかはわからないから、それを防ぐためにも、普段から準備をするようにしている。
それでも今この状態なら、うしろの準備をするよりは口の方が早い。少しでも多く蒼のケアをもらわないと、このままだと、俺は狂ってしまうかもしれない。とにかく早く、気持ちよくなりたい。
「えっ? 今そんなことして大丈夫なのか?」
蒼は少し狼狽えていた。ゾーンに入ったボロボロの状態で何かさせるなんて、思ってもみなかったらしい。そして、少し不甲斐なさそうにしていた。
「ね、お願い。ちょうだい」
俺がそう言って上目遣いでお願いすると、顔を真っ赤にした。目を逸らして口元に手を当てると、ボソッと呟いた。
「そんな可愛いお願いされて断れるわけないだろ……」
俺は思わずふふっと笑ってしまった。パートナー歴10年でもその反応してくれるの、めっちゃくちゃ嬉しいんだよな……その気持ちがぶわっとからだから溢れ出てしまった。蒼はそれを見て何かがキレてしまったらしい。
「ひゃっ!」
ぐいっと腕を引っ張られ、俺は蒼の膝の上に跨った。切羽詰まった顔でベルトを外しながらも、蒼は俺をじっと見つめている。その目を見ていると、俺の腹の奥が疼いた。俺を求める、雄の顔だった。
「動けるまで回復したら、すぐ部屋に戻るからな」
蒼は恥ずかしそうに服を脱ぎながら、真っ赤な顔で俺に宣言をした。
「戻ったらちゃんとケアするけど、手加減できなくても文句言うなよ!」
俺はニコリと笑うと、「もちろん」と告げて、口を開けて優しいガイドの熱を迎えに行った。
ともだちにシェアしよう!