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Play of kittens

 カツ、カツ、と聞き馴染んだ足音に、浅黄はゆっくりと目を開いた。寝ている浅黄の顔を覗き込む、見知った顔。 「今日の夜、上な」 「……俺は今日休みだろ」 「青柳にフラれたから構えよ。あの転入生のおかげで、あいつは今、仕事が恋人なんだよ」 「あのキーキーとうるせぇ猿か」  転入生と聞いて、浅黄は僅かに顔を顰めた。どんな顔をしていたかは思い出せないが、あの耳を劈くような騒々しさは嫌でも記憶に残っている。  数日前まで目の前にいる男――生徒会長である赤羽も、転入生に散々振り回されていた。赤羽以外の生徒会役員が仕事を放棄して、あろうことか赤羽をリコールしようとしていたのだ。  その話を赤羽と青柳から聞かされるまでは、全く学園の状況を把握していなかった。それどころか、転入生がいることすら知らないと浅黄が言った時の赤羽と青柳の呆れた顔は、十年以上の付き合いの中で一番面白いものだったと浅黄はマイペースに考えていた。  だからといって、赤羽と青柳がそんなくだらないことで会いに来なくなるのは面白くない。赤羽と青柳は、友達と言うには不純で、恋人というには甘くない、なんとも形容しがたい存在だ。それならセフレなのではないかと考えもしたが、セフレと言うには情が湧きすぎている。  結局、この関係に明確な名前を付けるのが面倒になったので、浅黄は適当に腐れ縁だと決めた。  別にこの関係について喋るような間柄の人間が、あの二人以外にいない浅黄にとっては、無駄な事だったと転入生に会うまでは思っていた。腐れ縁と名前を付けてから、もう四年が経っている。  しかし、まさかそれを使う場面が来るとは。誰かの為に厄介事に首を突っ込む自分自身にも、浅黄は自分のことであるというのに驚いた。  滅多に顔を出さない一匹狼が突然、何の脈絡もなく生徒会長を庇えば、関係を問いただされるのは至極当然のことだ。相手が転入生なら、尚更のこと執拗に食い下がられる。  その時に初めて口にした腐れ縁という関係は、浅黄が思いつく中ではそれが最も正解に近いはずなのに、何故かしっくりとは来なかった。 「浅黄?」 「……なんだよ」 「急にボーっとして、まだ寝ぼけてんのか?」 「なんでもねぇよ」  目の前に迫って来ていた端正な顔を鷲掴む。ぎゃっと悲鳴が上がったが、無視して押し返した。 「ひっでぇなぁ、このイケメンフェイスを雑に扱うなんて」 「自分でイケメンとか言うなよ、馬鹿がばれるぞ」 「俺は馬鹿じゃねぇよ」 「精神的に馬鹿だろ」  異議あり、といった顔で睨む赤羽のことは頭の隅に追いやって、浅黄は再び惰眠を貪ろうと寝返りを打つ。それを不貞腐れた表情で赤羽は見ていた。  いつもこうだ。周りに振り回されることなく、浅黄は冷静に、自分のペースを乱すことなく判断する。その判断が例え間違っていたとしても、自分の中で処理して順応してくるのだ。  だから、今もこの関係が続いているのだと、赤羽は思っている。  昼間、赤羽に半ば無理矢理持たされたゴールドに輝くカードキー。それをドアの横にある機械に通す。ピッ、と短い電子音の後に、開錠される音がした。寮の最上階、限られた生徒しか立ち入ることの出来ない領域だ。  赤羽の言っていた『上』は、赤羽の部屋を指す。『下』である浅黄のテリトリーを指定しなかったということは、今日は悪趣味なプレイのオンパレードになるだろう。  赤羽の部屋には様々な玩具が置いてある。一人部屋であるのをいいことに、風紀委員長である青柳から、風紀委員会が押収した新品の玩具をたんまりとクローゼットに保管しているのだ。新しい玩具を仕入れては浅黄で試してみたり、赤羽自身が使ってみて良かった物を浅黄にも使いたがる彼の行動心理は、浅黄にはいまいち理解されていない。  人肌が恋しくなる、と言えば可愛らしい。が、単に無機物に好き勝手され、際限なく与えられる刺激が好きになれないから、どうせ快楽を貪るのなら人の手が良い。そう意味を込めて、玩具ではなく赤羽が良いと浅黄が言った日は、めちゃくちゃに抱かれた。  玩具を使いたがる赤羽とは真逆で、玩具を毛嫌いしている青柳とのセックスは良いのかと問われれば、こちらもこちらで少し問題があった。  確かに玩具を使われる心配はない。ただ、やたらと言葉責めをしてくる。それに焦らすプレイが好きらしい。  浅黄としては普通のセックスがしたいのだ。普通とは何かを問われると返答に困るが、プレイ的な要素は毎回盛り込まないで欲しいのだ。  それでも、嫌だと言わないのは、そういうセックスじゃないと腐れ縁に戻れなくなってしまいそうだから。甘い雰囲気にはならない行為なら、余計な事を言ってしまわなくて済むからだ。  靴を脱ぎ、自分の寮部屋同然に把握している室内を奥へと進む。リビングと廊下を隔てるドアを開けば、すぐ目の前に赤羽がいた。 「遅かったな」 「……見つからねぇようにすんの大変なんだよ」  赤羽は既にシャワーを浴びて、腰にタオルを一枚巻いただけのスタイルで待っていた。艶のある黒髪はしっとりと濡れ、あまり陽に焼けていない肌は、ほんのりと赤く色付いている。  肌が火照っているのは、シャワーを浴びただけではないだろうと浅黄は推測する。視線を下に落とせば、タオルが僅かに盛り上がっている。 「もう我慢出来てねぇのかよ」 「どれだけ禁欲したと思ってんだ、昨日だけで足りるかよ」 「青柳が疲れるぐらいヤって足りないのか」 「ん? 青柳に会ったのか」 「あぁ、温室に行く前に見かけただけだ。かなりげっそりしてたぞ」  浅黄が近くにいると、いつもなら青柳はすぐに気付いて面倒臭い絡み方をしてくるのだが、今日は気付くことすらなかった。疲れていても全く表情には出さない青柳が、あれだけ疲労を隠しきれていない姿は初めて見る。  赤羽の会長職リコール取り消し、転入生による騒動の粛清、風紀委員会の指揮に加えて赤羽の面倒も見なければならないとなれば、流石に超人と呼ばれる青柳でも無理があるのだろう。  元気そうに見える赤羽も、目の下にはうっすらと隈が出来ている。無理をさせるべきではない。浅黄がそう判断した矢先に、赤羽からとんでもない爆弾発言が投下された。 「心配そうな顔してるけどな、青柳がげっそりしてんのは忙しいからじゃねぇぞ」 「は?」 「昨日俺が疲れたっつっても聞かねぇから、つい」 「……青柳、ネコやったこと、ないよな……?」  視線を逸らした赤羽に、まだ何もしていないというのに疲れが滲みだす。今日呼び出しを食らったのは、完全にとばっちりではないか。どっちもどっちだ、止めておけばいい所で止まらなかった二人が悪い。 「青柳に今日フラれたの、絶対それが原因だろ」 「知るかよ、青柳だけ余裕綽々とケツ掘ってんのは不公平だろ」 ――そんな理由で非処女になったのか、青柳は。  俺様何様赤羽様を地で行く赤羽のことだ。青柳を抱こうという結論に至るのに、大層な理由はないと浅黄も予想はしていた。が、それを上回る理不尽さに、そっと青柳の尻を労わった。  しかし、元はと言えば青柳ががっついた所為だ。自業自得としか言えない。 「で? 欲求不満な会長様はちんこおっ勃ててんのかよ」 「んっ、おい、撫で回すな」 「風呂は入ってきたから、すぐヤるか?」  口角を上げて浅黄が赤羽に問う。からかわれているのだと赤羽は気付き顔を顰めたが、すぐに何かを企むような意地の悪い顔に変えた。 「そうだな、準備が出来てるならヤるか」  赤羽はくるりと向きを変え、リビング横の寝室となっている部屋のドアを開けた。通常なら二人で一部屋を使用するのだが、役職持ちには一人に一部屋が与えられる。  一人部屋を思う存分満喫している赤羽の自慢の寝室には、キングサイズのふかふかのベッドが堂々と置かれている。 浅黄もこのベッドの寝心地の良さは嫌いではない。行為の後は、よくそのまま昼過ぎまで惰眠を貪っていることもある。ふかふかの魔力には勝てないのだ。  赤羽はクローゼットから必要な道具と共に、卵型の派手なピンク色の物を取り出した。浅黄にとっては碌でもない物であることは間違いない。 「気になるか?」 「そんだけ派手なら嫌でも目に入る」 「……ふぅん」  面白くない、とはっきり顔に出す赤羽は無視して、浅黄はベッドにダイブした。 「ローション貸せ」 「もっと可愛げのある誘い方しろよ」 「あ? 可愛いのが良いならお前の親衛隊でも誘え」 「それは面倒臭くなるから却下」 「なら文句言うな」  赤羽を黙らせて、奪い取ったローションを指に纏わせる。ベッドに上がってきた赤羽を四つん這いにさせ、後ろに指を挿入した。難なく人差し指を銜え込んだので、さらにもう一本指を増やして拡げるように指を動かす。動かそうとした。が、赤羽に腕を掴まれ、中断させられてしまった。 「なんだよ」 「俺だけ解しても手間が増えるだろ」 「おとなしく抱かれてるだけって選択肢は?」 「ない」  赤羽は迷わず即答した。浅黄はやれやれと、赤羽の言うことを聞いて指を引き抜いた。一度決めたことは曲げない男なのだ。浅黄が折れるまでずっとこのまま平行線を辿るか、赤羽がとんでもないことを言い出すか。その二択なら、まだ事前に内容が分かっている赤羽の指示に従っておいた方がいい。  この男は何を言い出すか分からない。いつだって自分がルールなのだ。最初は衝突することもあったが、今となっては仕方ないと受け入れることが出来るのだから、相当絆されている気がしなくもない。  色々とこだわる赤羽とは違って、特に譲れないと思う程の強いこだわりや自己主張もない浅黄にとっては、突拍子もないことを言われる方がよほど困る。 「どうすんだよ」 「俺の脚の方向いて俯せになれ」 「……おい、その体勢まさか」 「前にもやっただろ?」  浅黄が心底嫌そうに赤羽を見る。フェラをするのもされるのもあまり得意ではない浅黄にとって、赤羽が指定した体勢は非常に好ましくないものだった。  渋る浅黄とは正反対に、赤羽は口角を上げて、早くしろとばかりに視線を突き刺す。一度決めたら意見を変えない赤羽のことだ。浅黄が折れるまで、この攻防は続くに決まっている。 「はぁ、文句は言うなよ」  仕方なく、のろのろと身体を反転させて、赤羽の上を跨いで四つん這いになる。赤羽の熱い息が、兆し始めている浅黄の性器を擽る。 「んッ、遊ぶな」 「俺が本気出したらすぐイっちまうだろお前」 「……うるせぇ黙れ」  小刻みに吹きかけられる息。それに、ヒクヒクと震える腹部。噛み殺しきれていない声を喘ぎ声に変えてやる為に、浅黄は思い切って目の前にそそり立つ赤羽の性器をぱっくりと咥えこんだ。 「ひぅ、ッ」  何の前触れもなく熱いものに包まれ、赤羽はびくりと腰を跳ねさせた。下から上へと舌が撫でる感触に息を詰める。首を右に傾けたのか、一度離れた口が横から齧り付くようにしゃぶりついてくる。 時折尖った犬歯が擦れる度に、ぞくりとした甘い痺れが走る。 「ぷは、……おい、ローションは?」 「あ、あぁ、ほらよ」  中身が少し減っているローションボトルを浅黄に手渡し、赤羽は短く息を吐いた。今日はやけに浅黄が積極的というか、大胆だというか、とにかく珍しいものを見ている。  やれ、と言ったのは赤羽自身だが。いつもの浅黄なら嫌そうに少しだけしてくれるか、不機嫌な時は蹴りが飛んでくる。だから、こういった場面で赤羽が余裕をなくすことは、一度もなかったのだ。  ローションを手の平に出してボトルを赤羽に返したものの、赤羽がなかなか受け取らないので仕方なく振り向く。 「何ボーっとしてんだよ」 「明日は槍でも降るんじゃねぇかって思っただけだ」 「はぁ? やめるならやめてやってもいいぜ」 「その必要はねぇよ」  やられっぱなしでは性に合わない。それに、赤羽を抱いている時の雄臭い顔をした浅黄より、その顔が快楽でどろどろに蕩けた時の浅黄の方が好きなのだ。強くて、男前で、無愛想な浅黄が目を潤ませて息を乱す光景は、征服欲を十分過ぎるくらいに満たす。  こんな浅黄の姿を知っているのは青柳と赤羽だけ、という優越感も興奮を助長しているのだろう。 「いてぇ、がっつきすぎた馬鹿野郎」 「後ろ使ってしねぇの?」 「誰がするかよ、ちんこだけで十分だ」 「もったいねぇな……後ろ、気持ちイイの知ってるだろ?」  浅黄のアナルに出入りしていた指をもう一本増やして、わざと低く吐息を含ませた声で赤羽が問いかける。返事はなかったが、前立腺を集中的に狙って擦り始めた浅黄の指に赤羽は腰を浮かせた。  赤羽を見下ろしている浅黄の表情は、気怠いオーラを醸し出しながらも、目は飢えた獣のようにギラリと光っている。浅黄のペニスは赤羽の中にぴったりと収まっている。が、そこから動く気配がない――いや、動けないのだ。  浅黄の後孔からはピンク色のコードが伸びており、太腿にテープで固定されている。ヴヴヴ、と響く振動音が浅黄をじわりじわりと追い詰める。 「浅黄、まだ動かねぇの?」 「クソッ、黙ってろ」  少し、腰を引く。たったそれだけでキュウキュウと締め付けてくる熱い赤羽の体内に、腫れ上がった陰茎はビクビクと震える。それと同時に、卵型のバイブが前立腺ギリギリの位置を掠める。  動けば動くほど自分の首を絞める今の状態を打開する案を、浅黄は持ち合わせていなかった。 「動いてやろうか?」 「待て、動くな…ぁ、あッ」  肘で上体を支え、少し身体を起こす。そのまま大きく開いた脚でふんばりながら、微々たる動きではあるが腰を揺らめかせる。その微かな刺激でさえ、浅黄は息を荒くした。 「ん、くっ……ひ、ぁあッ」 「は……、当たったのか」 「あ、あぁ、い…や……っ」  ドクドクと大きく脈打った感触と同時に、浅黄の嬌声が部屋を埋め尽くす。まだバイブは動いたままだ。開きっぱなしになっている口からは、上擦った意味を成さない平仮名だけが量産されている。  バイブのスイッチは浅黄の手も届く――むしろ浅黄の方がスイッチに手を伸ばしやすい――ところにあるというのに。スイッチの場所が酷く遠く感じた。 「降参か?」 「とめ、とめて……あ、ぐっ」 「ほら、スイッチはそこにあるぞ」  震える手でスイッチを切ろうとする浅黄の邪魔をするように、体内にまだ入ったままの浅黄の陰茎をぐっと締め付ける。達したばかりの身体には、たったそれだけの刺激でも暴力的なまでの快感が押し寄せた。 一方的に与えられる快感に不規則に身体を跳ねさせる。さらに散々弄られたアナルから垂れ出したローションで、スイッチはベタベタになっている。指が滑り、上手くスイッチを下に下げることが出来ない。 「あ、も……ま、た…っあああぁ!」  体中に電気が走る。背を丸めて、ぎゅっと瞑られた目からは涙が滲んでいた。  下ろされている前髪も、くしゃりと歪められた顔も、昔の浅黄を見ているようだった。淫猥なこの空気とは真逆の、穢れのない真っ白な存在。中学三年生の時に初めて大人の遊びを教えた、あの時の背徳感と興奮がゾクゾクとした淫楽を生む。  上へ上へとシーツがくしゃくしゃになるのにも構わず、ずりずりと移動して浅黄の陰茎を抜く。力の入らない浅黄をベッドに押し倒すのは容易で、仰向けに寝かせてから大量の精液を溜めこんだスキンを取っ払った。  少し零れたそれを舐め取るように、芯を持ち続けている浅黄の陰茎に赤羽はしゃぶりついた。 「あか、ばね…も、いやだっ…んんッ」 「しゃぶられんのが? それとも玩具が?」 「うしろ、も…むり……しぬ……」 「これはあんまり気に入らなかったか?」 「はやく、あかばねの入れるなら入れろ」  赤羽が満足しなければ永遠に終わらない。浅黄はさっさとイって終われと赤羽に言ったつもりだった。  しかし、圧倒的に言葉が足りていない。赤羽は満足気に浅黄からバイブを引っこ抜き、猛った欲望を浅黄の後孔に擦りつけた。中に埋められていた異物が取り出されひくつくそこは、赤羽の陰茎を難なく呑み込んでいく。 「煽ったのはそっちだからな」  浅黄は別に煽ったつもりなど毛頭ないのだが、真意まで赤羽に伝わることもなく、浅黄の中を熱い塊が埋め尽くした。すぐに終わるなら訂正する必要もない。それに、わざわざ訂正するのも面倒だった。 「朝まで付き合えよ、浅黄」  だから、そんな宣告をされてから浅黄は顔を青くした。 「俺はそんなつもりで……まて、おい」 「今さら待てはないだろ?」 「あ、ぐッ……や、やめ…」 「まだまだ夜は長いんだ、楽しもうぜ浅黄」  逃げようとした浅黄の腰をがっしりと掴んで、赤羽は最高に良い笑顔を浮かべていた。

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