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Definition of happiness

 しばらくの間、青柳と赤羽の前から姿を消していた浅黄が温室に戻って来た。よくもまぁあれだけ捜したというのに見つからなかったものだと、二人は気になって仕方がなかった。 「どこにいたんだよ」  自衛して何事もなかったとはいえ、数回襲われているのだ。何か巻き込まれていたりしないか、心配したのだ。 「……ちょっとしたツテがあんだよ、そこにずっといた」 「ツテ?」 「理事長、俺の母親の兄貴なんだよ」  浅黄が言ったことを上手く呑み込めず、赤羽はぽかんと呆気に取られたまま固まった。青柳も同じ顔をしている。それが無性におかしくて、浅黄は耐え切れずブッと噴出した。 「何笑ってんだよ浅黄」  赤羽がそれに気付き、口を尖らせる。青柳が腕を組み考える素振りを見せる。 「赤羽の顔が馬鹿っぽかったんじゃねぇの?」  そう青柳が言うと、すかさず赤羽が反論した。 「いや、青柳が馬鹿っぽい顔してたんだろ」 「二人とも馬鹿っぽい顔してたぞ」  浅黄からきっぱりと馬鹿っぽい顔をしていたと言われ、擦り付け合いをしていた二人が、そんな馬鹿なと言わんばかりの勢いで浅黄を凝視した。その勢いに若干気圧されながらも、脱線した話を戻すべく浅黄は口を開いた。 「俺は、ずっとこのまま三人で居れたら楽しいだろうなって思ってる」  浅黄は一呼吸置いて、いや違うと首を横に振った。 「思ってた、だな。この居場所がなくなるのが嫌だった。好きだとかそういうのを皆言わなかったから、言っちまったらなんか……この関係が崩れたりすんのかなって俺は勝手に思い込んでた」  ぽつ、ぽつ、と胸の内を曝け出す。他人には関心を持とうとしない浅黄が、青柳と赤羽には懐き、ここまで考えて考え込んで悩んでいた。そんな話を聞かされて、青柳も赤羽もグワッと急な上げ幅で機嫌を良くした。  浅黄がいなくなったこの一週間は、大きな心境の変化をもたらした。それがプラスになるのか、マイナスになるのか。どちらになるかは浅黄の返答次第だった――が、マイナスに転ぶ心配はどうやらなさそうだ。 「好きでもないヤツとこんなに一緒にいられるかよ」 「そーそー、俺の部屋に入れんの青柳と浅黄だけだしな」 「そもそも浅黄のことが嫌いならキスなんかしねぇし」 「まずセックスしようとも思わねぇわ」  べらべらと喋り出した二人に浅黄は目をぱちくりと瞬かせ、マシンガンのように次々と繰り広げられる暴露祭りに、ただただ立ち尽くすしかなかった。  しかし、だんだんと内容が耳を塞ぎたくなるような下品な方向へとずれていっていることに、気付いた頃にはもう手遅れだった。 「最初はただの興味本位だったんだよ」 「それが? 使ってみたら想像以上にエロかったってか?」 「あの浅黄が『玩具より赤羽がいい』って言うんだぞ!」 「おねだりさせたいんだろ、要するに」 「悪いかよ」 「いや、俺もそれは分かる。いつも浅黄は自分の中で完結して何も我儘言わねぇから、言わせたくなるんだよな」  そんなことまでは聞きたくなかった。まさか自分が取っていた行動が相手のことを煽っていたなんて、知りたくなかった。  今度からどういう態度を取っていればいいのか困る。非常に困る。浅黄が羞恥心と戦っている間にも、どんどん爆弾発言が投下されていく。  コミュニケーション不足だとは思っていたが、こんなドッジボールみたいなものは頼んでいない。 「クソッ、お前ら好き勝手言わせておけば恥ずかしいことばっかり言いやがってふざけんな!」  いい加減止めさせようと浅黄が叫んだところで、赤羽と青柳はにやりと口角を上げた。 「ほら、俺も赤羽も好きだって散々言ったぞ」 「浅黄も言え!」 「何でこんなノリで言わされなきゃならねぇんだよ!」  つい反論してしまったが、浅黄がずっと言えなかった言葉をさらっと言えるようにしてくれている。それには、気付いているのに。ひたすら本音を隠してきた癖は、なかなかその言葉を吐き出させてはくれない。 「あーさーぎー」 「言うまで粘るからな」  にやにやと笑みを浮かべて浅黄を囲む赤羽と青柳という、なんともシュールな光景に突っ込みを入れる者はいない。退路を完全に絶たれた浅黄に、残された道はたった一つだけ――。 「ああもう赤羽も青柳も好きだよ馬鹿野郎!」  開き直って自棄になって、叫んだ。 「やーっと言ったか」 「散々勿体ぶったクセに余計な文字くっつけんなよ」 「おい赤羽、馬鹿野郎っていうのは所謂ツンデレのツンなんだよ」 「そうか、ツンデレか。ん? 好きが先だからデレツン?」 「細かいことは気にすんな赤羽」  またもや余計なことを喋り出す二人に思わず手が出てしまったが、浅黄は反省するつもりはない。 「手加減はしろよ……」 「もう一発いくか? 青柳」 「もういい、くれるならキスがいい」 「あ?」  臨戦態勢に入ろうとした浅黄を遮るように、赤羽が二人の間に割って入る。漫画のヒロインのような構図だが、赤羽は『私の為に争わないで』などという台詞をまず知らない。なら、ここから何をするつもりなのか。  浅黄は咄嗟に身構えたが、赤羽の口から出た言葉は随分と可愛げのあるものだった。 「キス! 青柳と浅黄はしたのに俺はしてねぇぞ」  二人だけずるいと騒ぐ赤羽に、浅黄は青柳と顔を見合わせ、くすくすと笑いを堪えることもせず溢した。そんな反応をすれば当然、赤羽は不貞腐れて、じーっと顰め面で青柳と浅黄を見ている。 「浅黄」 「仕方ねぇな」  青柳が右から、浅黄が左から、赤羽の頬を挟むように顔を寄せた。 「今はこれで我慢しとけ」 「上に行くんだろ、置いてくぞ」  何をされたのか、それを理解して赤羽はぶわりと顔を真っ赤に染めた。既に背を向けて温室から出て行こうとしている二人に気付かれないように、必死にシャツの首元を掴んでバサバサと扇いでみたが、熱は逆に増すばかりだった。 「絶対仕返してやる……」  なかなか温室から出てこない赤羽を不思議に思った二人が、茹蛸のように真っ赤になっている赤羽を見て爆笑するまであと五秒――。 *****  転入生の件やその他色々と迷惑を掛けていたので、せめてそのお礼を言うべきだろうと浅黄は理事長室に来ていた。 「仲直りは出来たみたいだね」 「あぁ、っていうか、なんでいつも分かるんだよ」 「いつもは勘で言ってたんだけどね。さすがに今回は分かるさ、誰にでも」 「どういう意味だ?」  理事長はトントンと、首を人差し指で軽く叩いた。 「鏡で見てみれば分かるよ」  浅黄は首を手で隠し、バッと部屋を飛び出して行った。恐らくあの熱烈な所有印を付けた犯人の元に。 「青春だなぁ」  理事長は淹れたての熱いコーヒーを優雅に一口飲み、ひっそりと微笑んだ。 完

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