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第28話

 僕たちの関係に名前がついた。  だけど、特別に変わったということはない。  ホームルームを終えて足早に彼の元へ辿り着く。相変わらず成人向けの雑誌を頭に乗せて昼寝をする彼に、むかっとして、思い切り身体の上に飛び込んだ。ぐ、とうめき声をあげて、ぷるぷる震えた彼は、ずり落ちた雑誌の下から顔が覗く。眉間に皺を寄せていた顔つきは、僕と目が合うと柔らかい微笑みに変わる。その表情の変化に、つい頬が緩んでしまう。机の影に隠れて、キスをする。僕が上から彼を見下ろすという珍しい構図に気がよくなり、何度も身体をかがめて、尖らせた唇を重ね合わせた。ずっと我慢していたこともあり、こうして彼とキスができる関係性であることを改めて噛み締めて、爪先が痺れる。 「今日も、好き…」  はぁ、と吐息をついて、胸元に倒れ込む。優しく頭を撫でられ気持ち良さにうっとりと瞼を下ろす。 「昨日よりも、じゃなくて?」  と聞き返してくる彼の顔を見上げると、にやにやと口角をあげて綻んでいる。 「佳純は、僕のこと昨日よりも好き?」  拗ねたように唇を突き出して意地悪で尋ねると佳純は首を伸ばしてその唇に吸い付いた。 「好きだよ」  まっすぐな眼差しで素直に告げられた言葉は、求めていたものだけれどこんなにもはっきり言ってもらえるとは思わず、ぼ、と湯気が出るほど顔が熱くなる。そんな僕を見て、佳純は楽しそうにくつくつ笑った。 「ずるい…」  胸元に顔を戻してぐりぐりと擦りつくと、つむじに淡くキスをされる。  僕たちの関係性は、恋人、になった。登下校を共にし人気がなければこっそりと指を絡めた。昼と放課後はこうして学園の中で誰にも見つからない二人の教室で過ごした。そして、こうした甘い戯れが増えた。それを実感するたびに頭を掻きむしりたくなるようなむず痒さと共にふわふわとした高揚感に飲み込まれるのだ。あんなに無口で無表情だった佳純は、はっきりと愛を語るし、僕にだけ見せる甘い顔も多くなった。これだけ魅力的な人を独占していることも、僕の薄暗い欲を非常に満たさせた。 「七海、薬飲んだか?」  頭の上で、すん、と匂いを嗅いだ佳純が僕を抱きしめながら問いかける。 「ごめん、そんなに匂いもれてる?」  ぱ、と身体を起こすと容易にその腕は解かれた。少し寂しさも感じるも、彼は僕の頬を大切なものに触れるかのような優しすぎる手つきで撫でる。 「いや、そろそろかと思って」  その通りなのだ。周期通りであれば、そろそろ発情期がくる。気恥ずかしくて彼の上から退き、背を向けて髪を手櫛で直す。既に、彼には何度も抱かれたことがあるというのに、なぜこんなにむずむずして居心地が悪くなるのかわからなかった。  後ろから佳純が長い腕で僕を優しく包み込んだ。ふんわりと甘い匂いが漂ってくる。佳純はご機嫌なようで、大きな身体をゆらゆらとゆりかごのように揺らした。こんなに逞しくて大きい身体なのに、子どものような彼に気恥ずかしさは解けて、つい笑ってしまう。 「じゃあ、一週間、ずっと一緒にいられるね」  彼がどんな反応をするのか少し怖い気持ちもあり、どきどきと言葉を待つ。小さく息をつめた佳純は、呼吸を整えてから耳裏に唇を押し当て、僕にしか聞こえないような小さな声で囁く。 「嬉しい…」  幸せを噛み締めるような温かい答えに僕は腹の奥がきゅ、と縮むのを感じた。じり、とうなじが彼を求めるのはわかっていたが、まだそこまで求めてしまうのは、早いというか、図々しい気がして、言葉は飲み込む。 「僕も…」  熱い吐息に隠して小さくつぶやくが、彼にはしっかり聞かれてしまっていたらしく、肩を抱え込まれ身体を反転させると、まなじりの染まった瞳と見つめ合いながらゆっくりと唇を近づけた。彼の湿度を感じて瞼を閉じると、甘く柔らかい唇がしっとりと触れる。舌が、ちろ、と唇の裏を舐め、久しぶりの粘膜の接触に身体が跳ねた。彼の胸元で握った手をあてると、冷たい手のひらに包み込まれる。指先で爪の生え際や水掻きの部分をじっくり撫でられたりくすぐるように軽く擦られると、鳥肌がたった。淡く舌先が歯茎をなぞるとたまらなくて、息が漏れる。その合間を縫って僕も彼の口内に舌を差し込み、くちゅくちゅと唾液を混ざらせ弱いところをくすぐり合った。内股が震え、背中をずっとぞくぞくと電流が流れる。息苦しさに唇を離そうとするが、佳純が許してくれなくて、何度も唇は追われて食べられてしまう。 「こ、これ以上はっ、だめっ!」  意を決して、勢いよく顔を背き、手を掲げる。はあはあと身体になんとか酸素を送り込んでいると、ぽた、と顎先から唾液が膝下に垂れ落ちた。身体の中心は熱を持ち始め形を変えかけていた。か、と顔に熱が集まり、急いで口元を拭う。耳元で、同じような息遣いが聞こえ、吐息がふいにかかり、ぴくんと肩が跳ね鼻から声が抜けてしまう。 「あっ……んっ、っ……」  耳元にちゅ、と音を立てて何度も吸われる。頭の奥が、じぃんと響き、このまま波に任せたくなってしまうが、なけなしの理性でやんわりと彼の胸を押す。佳純も苦しげにため息をついて、身体をきつく抱き込んだ。 「待ち遠しいな」  いつもよりも低い声で、独り言のようにつぶやかれた言葉に、どくどくと心臓は動きを増す。わざと匂いを吸い込まないように気を張る。でないと、学園内で容易に発情期に入ってしまう。発情期くらいは誰にも邪魔されずに、ずっとずっと二人だけで過ごせるチャンスなのだ。うっかり始まってしまっては困る。こんなに発情期を楽しみに、大切に思えたことはない。佳純と出会って、自分の第二の性を少しずつ受け入れて、好きになってきている自分に気がついた。 「ありがとう…」  見つけてくれてありがとう、助けてくれてありがとう、好きになってくれてありがとう。僕を好きにさせてくれて、ありがとう。いろんな思いを五文字に込める。それをわかったのか、佳純は柔く耳裏に口付けをしながら、僕を抱きしめ直した。  少し濃くなった彼の甘い匂いに、うなじが淡くざわめく。もっと、フェロモンをくれれば、きっとあっという間に発情するのに。彼は僕を優しく抱き込み、安心を与えるだけなのだ。そうした、第二の性を押し付けない佳純の姿が何よりも僕を穏やかにさせる。でも、僕のオメガは、早く目の前のアルファのモノになりたくて焦げ付いている。それは、本能のみならず、僕という人間も、そうなりたいと心から思っている気がしたが、佳純がうっとりと甘い口づけを与えてくれたので、目を伏せた。

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